昭和54年頃から細々と入れてきたドリルというタテマエというものの独善的な考え方に固執し、美は昔からあるという独自の理論に拘泥し、
昭和54年以降の弱くて醜悪な社会の方が主流であったという現実に違背する非現実的な考えを主張し、それを守り抜いてきた自分は偉大であるというような
誇大妄想に支配されており、経時的時間の経済的美こそが至上で腐ったものは死すべきと言う悪魔的な考えを持っており相当前からの実体社会に合わないという他がない。
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