[B! 映画] 【魔女の宅急便】ラストシーンでなぜジジは喋らないままなのか? プロデューサーが語ったその理由、ジジが持っていた役割とは
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/keitoarai/norasutosindenazeziziharanaimamananoka
のパターンがあると思っている。なので今回は2つ目の方で理解すれば、ジジは元々話せなかったという解釈も違和感ない。キキの脳内の思い出を映像化したものだからだ。キキももっと不細工かもしれない。「このパイ嫌いなのよね」ももっと普通の言い方だったかもしれない。で、今回2のような解釈をしてない人が多くて驚いた。この2の解釈ができれば下記のようなことも気にならないはずだ
2のパターンを覚えると、綺麗な昭和のシーンが出てくると「こういうふうに美化できるいい思い出だったんだなあ」とか、主人公やその恋人が美男・美人すぎる場合も「思い出や願望ではこうなったんだな。映像化ではこうなったんだな」などと思える。むしろより味わい深く楽しめる。全部盛った思い出なのだ。
デメリットはないのでぜひ覚えておいてほしい。
ジジにつがいができ子供ができたことで使い魔ではなくただの猫になったんだと解釈していた
いや、絵だから。
これは「実際にそれが正しい可能性もあるよね」と前置きしたうえでの感想なのだが なんでもかんでも性的なことやダークなことに結びつける考察嫌い 魔女宅でいうと「生理が来たから...
最初の10行よんでやめた。 2つしかないこたーない。リアリティラインの設定は千差万別
ドグラ・マグラとか読んだことなさそう
イタコ論法の亜種って感じがする
これエルガイムでもあった 「同一個体のHMでも初登場時と最終回で作画が違う」 → FSSで、MHとゴティックメード同じ機体だけど違う (認識とアウトプット)
冒頭でキキのラジオから流れてくるルージュの伝言は、魔女の宅急便の世界には荒井由実が存在してるってことでいいの?