常々思っていること。
「数学」と「物理」は、同じように「数式」を用いて表記するが、その意味するところ、読み方は大きく違う。
1+1=2
この右辺と左辺に因果関係も上下関係もない。1と1を足したら2になるし、2は1と1に分けられる。
F=ma
と書くとき、ここには「読み方」の順序がある。
ニュートンの運動方程式の場合は、左辺が「原因」、右辺が「結果」を意味している。
「Fという力が加わると、質量mの質点に、aという加速度がかかる」と読まなければいけない。
決して、「質量mと加速度aがFという力になる(?)」という意味ではない。そんな因果はない。
こういう、数学的な等価性の読みを、数学以外の科学に持ち込むことで、混乱を招いている状況が非常に多い気がする。
等式の左右は同値であっても平等ではないし、プラスとマイナスはただ符号を入れ替えたものではない。
数式は、科学を記すにはまだちょっと不完全な方式なのではないかと思うね。
※追記
一番いいのは自分で毎回の当選数字を見なくて済むので「しまったあああああああ隣の数字買っておけばよかったあああああああ」ってならないとこ
宝くじ買って一生の後悔はしたくない
○ご飯
朝:なし。昼:サラダ。どら焼き。夜:レタス、チンゲンサイ、ニンジン、ベーコン、しめじのスープ。沢庵豆腐納豆。いりたまご。ヨーグルト。バナナ。間食:なし。
○調子
むきゅーはややー。お仕事は、ひーまー。
年末の予定を立ててた。
悩ましいね。
まあ放置してるだけなんですが。
藤原道長が女官に敬語を使ってて、その発言の主語が誰かわからなくてテンパってセンター古文の点数が下がった苦い過去を思い出した。
受験ブログで解説見てたら「天皇陛下や皇族の方々を思い出して見てください。高貴な方は明らかに目下の人間にも敬語や丁寧な言葉を使っていますよね」だと。
スーツで来てる人たまにいるで
弱者男性の話題を見てるとちょっと悩んでる程度の一般男性の話題が多いけど極度人間不信/重度インセル/ガチアスペ/アイデンティティ0のガチ卑屈といったこのあたりの人たちは弱者男性とも切り離した別の位置付けをしてあげたほうがいいのかな?
イメージとしてはキャバクラや風俗に強制的に連れて行かされてもずっと俯く/キレ散らかして帰る/泣き出す/当店ではサービスできないと受付で帰されるといったレベルの方々
こちらに気を遣ってくれる水商売の方々相手ですらまともにコミュニケーションとれないもはや救いようのない人たちはなんて呼んであげればいいんだろう?ヒトモドキとかかな?
ファッションに関心がないわけではなく、定期的に新しい服を買ったりもしてるんよ
でも新しい服はなかなか着なくて、ボロ着を着てることの方が多い
新品の服を下ろすのにすごい抵抗があるんよ
今回やたら仰々しい演出だったよな。
冷静に考えてみると作劇上で別にそんな一致はしてないのよね。
劇中では別に眞人と大叔父って大して関わりないし・・・全然大叔父に青春を捧げてなんかないわけで。
単なる人物造形上のモデルでしかなく、関係性はそこまで物語に落とし込んでなかった気がする。
むしろ父・母との関係性の方が大部分を占めていたのに、あの番組ではそっちは全く深掘りしてなかったので、個人的に物足りなかった。