2022-11-29

何かを規制するということ

何かを規制することで社会をよくすることは出来るのか?

社会を変革させるためには2種類の手段がある。

何かを開放することと何かを規制することだ。

例えば人種差別

米国ベースボール世界でも昔は黒人プレーヤーになることが出来なかったと聞く。

しかし、そういった差別(暗黙の規制)を開放することで社会はよりよい形へと変革させることが出来る。

 

改革開放というやり方がある。

中国なんかは比較的貧しい国だったが鄧小平改革開放路線経済特区のなかで規制を開放して経済活動を出来る仕組みを作った。

その結果、世界第二位経済大国へと発展した。

こんなふうに世の中を変革するのに開放というやり方は有効である

 

一方で世の中を変えるためには規制を導入することが肝要である考える人達がいる。

僕はそのようなスタンス否定的だ。

ルールというのは行き過ぎた開放による弊害が出たときの最小限の規制であるべきだと思うからだ。

基本的に人は自由だ。人による表現の自由保証されることと同程度に自由である

とはいえ人間社会というのは人の自由をそれほど保証してこなかった。

人類がその社会運営していく中で様々なルール因習というものを積み重ねていった結果として人は様々なものに縛られる結果となった。

そういったものを「開放」することを目指した結果としてあらゆる人種やあらゆる性別社会進出して活躍する世の中を実現しているのが現代社会である

しかし、何かを「規制」するというのはその方向性真逆であることの危機を察知できない人たちがいる。

 

物事価値観というのはそのときどきで変化する。

それは文化というものが変化するということで、その変化がこそがまさに人類の発展である

しかし、ある特定価値観を強く主張して物事に対して規制をかけようとする考えを持つ人達は、ある価値観による社会固定化を望む人たちだ。

そういった社会は結局のところ、新しい差別や新しい因習を育むための土壌にしかならない。

から、僕は表現の自由規制することに反対なのだ

 

別に駅のど真ん中にポルノを置くのが望ましいとは僕だって思ってはいない。

でも、それでも駅のど真ん中にポルノを置ける世の中のほうが僕は望ましいと思っている。

そもそも駅のど真ん中にポルノを置けない社会だったのだ日本は。

なんと破廉恥な!と昭和初期の社会であれば否定されていただろう。

そういった社会を変革していった結果が今の社会なのだ

 

オタク文化というものは本当に抑圧されてきた。

漫画アニメを好きである

そういった「正しくない」考えを持つ人々のことを「オタク」という蔑称差別したのである

そういった歴史があるのだ。

もしオタク文化を気に入らない人たちが、どんどんと規制」をかけていったのなら今の日本文化は随分と違ったものとなっているだろう。

 

人間社会にはルール必要である

しかし、それは「開放」を保証するための規制であらねばならない。

決して、特定の人たちの趣味嗜好を満足させるための規制であってはならない。

  • 一般論として言えば「規制は慎重でなくてはいけない」ことと「規制が必要であること」は両立する話でしょ。別にアメリカみたいな夜警国家がいい国だとは思わないよ。 他にできるこ...

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