近所の歯医者さんでは、歯科衛生士の女性は私が口を開かねばらならないときに、なぜか「お口を開けてください」と言わない。
その代わり「お口空けますね」と表現する。私は黙って口を開け、口の中を掃除してもらう。
口の中がさっぱりするけれど、衛生士さんが口を開けるわけでもないのに、不思議な日本語だ。
なんで急に気になったのかというと、同じ経験を腹部の超音波検査を受けたときにしたからだ。超音波検査士さんが私の脇に検査用のぬるぬるを塗り、私に「横を向きますね」言った。私は背中を検査士さんに向けてくすぐったいのに耐えながら、この不思議な言い回しについて考えていた。
なんだか美容院で髪を洗ってもらうときに、「倒しますね」と言うみたいだ。
「○○してください」の代わりに「○○しますね」という表現は、主に医療の補助に携わる人で広がっている気がする。それも若い女性に多い印象がある。「○○してください」と、直接患者に指示をしないので、年下の他人から何かを命じられるのが嫌いなタイプの人には好評なのだろうか。さっき書いたように、口を開けるのは衛生士さんではなくて私なのだから、なんだか私と衛生士さんの主客が一体となったような不思議な表現だ。
相手に直接命じたり、対象をそのまま指し示したりしない、日本語の奥ゆかしい婉曲用法の一種なのだろうか。古くは「む」「むず」、いまでは並列しない「とか」みたいな。古文にもみられる発想が今でも生きていると考えるのは面白い。
考えてみればここ数年ずっと耳にしてきた気もするし、何だったら十年前にすでにあった表現だと言われればそんな気もしてくる。