『キズナアイさん登場時に夢見ていた「バーチャル上にキャラクターを創造する新しい形」ではなく、絵が動く配信者としてのVtuberが主流になったという話』
https://togetter.com/li/1856588
というエントリの冒頭に纏められているどこかの社長の発言を見て「きっっっっしょ」ってなった。
誰かが書いた台本を動かす人と声を当てる人がいる。「中の人」は一切外に出てこない。動かす側に「意思」は必要ない。
アイドルという存在はプロデューサと呼ばれる人によって作り出される幻想だけれど、vtuberは更に「動かす人たち」を部品化させている。それが「夢」なのだ。
『銀河鉄道999』で機械の身体を手に入れたいと願う主人公が「機械の部品」にさせられそうになる、というエピソードや『モダンタイム』でチャップリンが機械を操作してるんだかさせられてるんだかわからなくなるという滑稽さを演じたりしているのを思い出したけれど、ああいうフィクションを「夢」として、現実化したい人がいるんだね。
社畜、などという言葉が半ば自嘲のように用いられたり、社員をコスト呼ばわりしてみたりする昨今、どんなことがおきようとそれほど不思議ではないのだけれど、人を部品として使うことを「夢」と語る発言をカジュアルに見るとは思わなかった。