難解な文章を読むのには言語能力の高さは必要だけど、ヘタクソな文章読むのには言語能力の高さは必要じゃない。というか、ヘタクソな文章なんか本当は読まなくていい。
ヘタクソな文章ってのは文章としての能力が低いので、高い言語能力があっても読み解くことは不可能。
山田悠介の初期の小説の文章なんかクソオブクソだけど、言語能力の低い若者層にはバカウケだったでしょ。
小説を読むにあたって
1.設定とシチュエーションを読む
の二つの目的が存在していて、まぁ、だいたいは入り混じってるんだけど
言語能力が低い人ほど前者を重視しがち、というか後者ができないからウエイトが前者に非常に偏る。
文章なんて大まかに意味が取れれば多少ヘタクソだろうが関係ない。
なぜなら文章の細かい文法とかねじれとかはそもそもよくわかんから深くは気にしてないから。
これがイキすぎるとどうなるかというと、匿名掲示板で一般的な「セリフだけのSS」みたいなことになる。地の文なんかいらんかったんや! 状況説明とキャラがいればそれでOK。
文章を書くという行為そのものの敗北であり、文章読むのが好きな身としては非常に原田大志ことではあるんだけど、それでも絵が描けないなりに何かを伝えたいというパッションを形にしたというところは評価でき。
なるほど。
安倍総理の「私が調べて私が適切であるということを申し上げたことはない」との答弁に関する質問主意書 tps://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a195069.htm どうでもいいなん...
まあ実際、文章の上手さだけを追求した文芸ジャンルのクソつまらんったらないからな。
セリフもいらんから設定だけ羅列してくれって思うことはある