お腹の調子があまりよろしくない日のお出かけを考えてみてほしい。
内心不安はありつつとりあえず家を出たけど、すぐ降りられるように急行電車じゃなくて各駅停車で行こう、みたいな判断するよね。
便意に襲われることなく目的地に着ける可能性もあるから、お出かけそのものを取りやめるかどうかは電車の中でお腹のようすを見ながら考えよう。とか。
開催を想定しとけば開催と中止のどちらかを選ぶことはいつでもできる。
一方、中止に決めちゃうとそれを覆して開催するのは無理。
言い換えると、開催の立場は選択肢に中止を残せる(だから関係者は便宜上開催の立場をとっている)けど、中止の立場には選択の余地が何もない。麻雀で言えば両テンビンと決め打ちの違い。
なので、ありき論で言えば、ありきなのはむしろ中止派のほうだよね?
「開催ありきだ!」と批判してる人々ばかりだけど、自分の方がありき論に足突っ込んでることを自覚できてる人はどのくらいいるのかなーと思う。
ましてや、実は内々では開催中止両テンビンで物事を進めてるかも、なんてことは夢にも想像してはいるまい。
勘違いしないでほしいけど、かく言う俺個人は中止という選択肢も当然十分に検討されるべきだと思ってるし、さらに言えば、ひとまず電車降りてホームで下りの時刻表を見るくらいはしたほうがいい状況じゃねーの、とは思ってる。