2020-12-24

[] #90-13「惚れ腫れひれほろ」

≪ 前

俺たちはドッペルを追いかけた。

だけどスタートダッシュで引き離されているのもあって、差を縮めるのは困難を極めた。

さらにドッペルは右に曲がったり左に曲がったり、フェイントを入れて直進したりしてくる。

俺たちはそれに後手で反応しなくてはいけないので、どんどん心身が削られていく。

特に痛かったのは、最も体力のあるシロクロが早々にリタイアしたことだ。

「回り込んでやるぜ」と別ルートを走っていって、それっきり。

あいつのことだから、たぶんドッペルの逃げる方向と逆に行ってしまったんだろう。

「シロクロは当てにできなさそうだけど、私たちも回り込むべきかしら?」

「だめだ、その隙にドッペルに変装されたら見失ってしまう。このまま視界に入れ続けて追いかけるべきだ」

この時、参謀役のミミセンは既に体力の限界がきており、脳に酸素が行き渡っていなかった。

そのせいで「三手に分かれるなりすればいい」という発想が出てこなかったんだ。

ブレインであるミミセンがその調子なのだから、俺とタオナケはひたすら走り続けるしかない。

アドレナリンっていうんだっけ。

そういうホルモン的なものが分泌されまくって止まらないんだよ。

「待ってくれ……」

「話を、話をしましょう……」

「もう話すことなんてないよ!」

「いや、ある、あるはずなんだ!」

ここで見失えば、ドッペルは二度と俺たちの前に姿を現してくれない。

そんな漠然とした不安けが、今の俺たちを突き動かしていたんだ。

実際のところ、クラスメートから明日には学校で会えるんだけど、そこまで考えを巡らせる余裕はなかった。

ドッペルが走り出したから、こっちも思わず走った。

大した理由なんてないけれど、この時の俺たちにはそれで十分だったんだ。

…………

どれくらい経っただろうか。

ドッペルは走り疲れて、その場にへたり込んだ。

それを確認したと同時に、俺も近くで崩れ落ちる。

こっちも本当にギリギリだったので助かった。

それから十数秒後にタオナケが、少し遅れてミミセンが到着。

「はあ……こんなに走ったの久しぶりなんだけど、前は何の時だったっけ」

「え、と……確か、おにぎり昆布事変」

「ああ、それよ、それ。あの時はドッペルがいたから、もう少し楽できてたけど」

「た、タオナケも超能力使えてたしね」

息を切らしながら、ドッペルとタオナケは何気ない言葉を交わした。

まるで最初から何もなかったかのように。

「それにマスダの兄ちゃんもいたから」

「あ、そうだったかしら」

「そうだよ。あの人がいたか解決できたんだよ」

結局、ドッペルの言っていた“自分”とは何なのか、その答え合わせはしなかった。

タオナケが気になっていた恋愛模様も分からずじまい。

でも、そんなこと関係ない。

本音で包み隠さず、何でも話すことだけが仲間の条件じゃあないからだ。

「見つけたぞ! ここまでだドッペル!」

「遅いよ、シロクロ」

ほぼ事態収束した後に、ようやくシロクロが戻ってきた。

「お前……マジで何してたんだよ」

「走るなら水分補給必要だろう!」

そう言って袋からペットボトルを取り出すと、それぞれ俺たちの方へ放り投げてきた。

気を利かせたつもりなんだろうけど、そもそもシロクロがヘマしなければ、こんなに汗をかかなくて済んだんだ。

言い知れぬ不満を抱えながら、俺たちはペットボトルの詮を開けた。

プシュッと大きな音をたて、飲み口からどんどん液体が溢れてくる。

「シロクロ、これ強炭酸……」

まあ、お汁粉とかコーンポタージュじゃないだけマシってことにしよう。

(#90-おわり)
記事への反応 -

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん