2020-07-30

20代独身エンディングノートを買った話

人生希望を見出す能力が失われたからだ。

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地方都市大学をまあまあの成績で卒業した自分は、「顧客から先生』と呼ばれる職業」に就いた。ちなみに、学校教員ではない。

学生時代はそれなりに注目された人間で、というのも、自分には生まれつき特異な能力ひとつだけあった。それを以て、良くも悪くもほんの少しだけ特別扱いを受けて生きてきて、仕事もその能力に関わるものを選んだ。

ところがその特異な能力とやらは発達障害によってもたらされた偶然の産物であり、社会に出た瞬間に自分無能と化した。特有段取りの悪さ、睡眠障害虚弱体質、感覚過敏、これら要因により溜まったストレスを引き金とした定期的なパニック発作。それまで「生きづらさ」に自力で折り合いを付けてきた自分精神科のお世話になるまで、一年と経たなかった。

明らかに仕事の能率が落ちて、上長相談して少しずつ雇用条件を緩くしていったが、気がついたら精神障害者保健福祉手帳交付され、今では正社員を諦めて週4日の勤務。ボーナスも手当も全て消え、手取り月収は半減した。これを機に障害者雇用枠に収まって合理的配慮を受けようかと思っていた矢先に、どこぞのお偉いさんから発達障害を悪く言うメールが回ってきた。そういう訳で同僚にカミングアウトする機会を完全に失い、現在自分は「よく分からないが体調の悪い人」という扱いになっている。

それでも自分は今の仕事をやめられない。この能力を活かせる瞬間に、自己肯定感を完全に依存しているからだ。ハローワーク求職者登録をして、色々な求人を見ても、顧客の顔が頭をよぎる。転職したら自己肯定感保証してくれるものが無くなってしまう、という恐怖に、今も苛まれている。

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仕事自己肯定感依存しているということは、私生活は思い切り虚無だ。

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自分趣味と呼べるものを持っているのだが、最近はそれに興じるのが怖くなってしまった。表現に関わる趣味だったが、時が経つにつれてSNSタイムラインは、より潤沢な資金時間能力、そして社会性を持つ人ばかりの世界となり、筆と心が折れてしまった。孤独に生きている横で、仲間達は別のことで盛り上がっている。それに興味を持てるような精神力は、最早残されていない。

自分しかできない表現、なんてものも無い。これでも当初は自らの表現するもの需要があると思っていたのだが、明確にそれを覆す出来事が、つい最近あった。いや実際の所は分からない。「嫌いなのは作品ではなく、社会性に欠けたお前自身」という可能性もある。どちらにせよ活力が削がれることに変わりはないのだが。

そして、こうしたことに気付く頃には、他の趣味に没頭する気力が無くなっていた。今の自分は、余暇に何をするにも義務感を伴う。

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こんなとき、病んだ人間を救うのは家族恋人の愛というのがテンプレートだ。一応、自分には家族恋人もいる。

家族は、私が手帳持ちで正社員を辞めたことを知らない。彼らがイメージする自分は、いつだって明朗快活、何事も気合で乗り越えられる精神力を兼ね備えている優等生だ。それは一体、誰のことだろうか。

そして家族は、自分に何も喋ってくれない。気付いたら父母は事実上離婚状態だったし、気付いたら自分教育費は両親ではなく親戚が支払っていた。私の知っている一般的家族とは何か違う、謎の共同体だ。

恋人のことは心から愛しているが、その人は自分と一緒にいるときよりも、友人と語りあっているときや、趣味に入れ込んでいるときの方が余程幸せそうに見える。と言うと、「人の感情や好みを他人勝手判断しないで」「好きだと何回言ったら信じてもらえるのか」といつも怒られるのだが、それほど好きならばもっと向き合ってほしかたことが色々あった。

しかしながら今思えば、お互い身内でも何でもないのだから、これで良かったのかもしれない。これ以上他人負担をかけて生きたところで、何も楽しくないのだ。

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20代半ばにしてこんなにも空っぽなのだから、限りなく婉曲的に表現すると〝損切り〟をした方が良いと思った。

転職をして自己肯定感を得られなくなる前に。働き続けて家計が壊れる前に。恋人から「そろそろ結婚を」と言われる前に。趣味仲間が大成する前に。心がすれ違った家族最期に向き合わされる前に。

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こうして自分今日書店エンディングノートを買った。とても残念なことに、おそらくここ一ヶ月で、最も行動力に満ちあふれた瞬間だったと思う。

これ程までに精神を病んでも、まだ「立つ鳥跡を濁さず」の精神は一丁前に残されていて、使っていない銀行口座家族が見てもどうしたらいいかからない物品がそれなりにあることに負い目を感じた。なまじ責任感が強いと困るばかりである。かといって責任感が強いところで、その責任を果たすことはしないのだ。本当に社会穀潰しである

そんなわけで、私は家族恋人、知人に送る懺悔言葉を考えながら、屍のように寝台へ横たわるのである

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