2020-07-11

時が経つのがこわい

時が経つのがこわい。時が経つにつれて大事だったはずのことを忘れていってしまっていることがこわい。

母親は気性が荒く、褒めるときはとても褒めてくれるが怒るときにはほんのちょっとしたことでもひどく怒鳴り散らした。蹴る、はたく、髪を掴むということもよくされた。僕よりも兄の方が好きで、兄の好物を優先したり、喧嘩して明らかに両方悪くても僕だけ怒鳴ったりした。はっきり言って母親が嫌いだった。憎かった。小学校とき教師が「あなたのお母さんはうまく日本語が話せなくてつい手を出してしまうかもしれないけど、あなたのことを思っているんだよ、愛しているんだよ」と言った。母は外国人だった。ふざけんなと思った。そんなことで暴力正当化されてたまるかと思った。そんなことで母の愛を認められてたまるかと思った。身を持って母に愛されていない(少なくとも兄よりは)と実感しているのに、何も知らない外野に分かったようなことを言われ、自分が悪いことにされ、逃げ道はないのだと絶望した。絶対にこの女に愛されてはやらないし、愛してもやらないと決めた。しかし母はひとりぼっちだった。外国人で、嫁いできた先が田舎ということもあって、うっすらとハブられていた。母は強い人で、ハブられたところでなにくそとなるタイプだった。でも強かったらひとりぼっちいいわけがない。母を見捨てることもできなかった。大嫌いで憎くてたまらないのに、ひとりぼっちのかわいそうな母を放っておけなかった。つらかった。決して愛せはしないのに大事にしてやらなければいけないとどこかで思ってしま矛盾に、産まれなければよかったとよく思った。

一人暮らしをするようになってもうずいぶん経つ今、そんな苦しい思いを忘れそうになっている。

中学の頃、ほとんど全校生徒に嫌われ、いじめられていた。全校生徒がちょっとしたマンモス校の一クラス分ほどしかいないから、それくらいの人数に嫌われることなんてそこまで珍しいことでもない。でも、その頃の僕にとって学校ほとんど世界の全てだった。つまり世界を敵に回して戦っているようなものだった。戦えてすらいなかった。世界が敵になって僕のことをいたぶっていた。どこにも味方はいなかった。毎日学校行きたくないと思っていて、一度、休むほどの体調ではなかったけどとにかく行きたくなくて休んだら、父親に「仮病なんて使ってふざけてんじゃねえぞ」と言われた。父のことは比較的好きだったが、そのときばかりは母より憎たらしく感じた。親も教師も助けてはくれず、自分でも自分が悪いのだと責めることしかできず、日々の大半を希死念慮が覆っていた。こんな人間は生きていてはいけないのに、ただ死ぬのがこわくて、それだけで死ねないでいた。

大人になった今、そんなつらい出来事を忘れそうになっている。

から見れば、そんなこと忘れてしまえと思うかもしれない。負の感情に囚われ続けるなんて不毛なことはやめて、幸せになる努力でもしろと思うかもしれない。でもそれはできない。なぜなら約束たからだ。死ぬほどつらかったあの頃、僕は約束した。絶対にこの苦しい思いを忘れないと。これを自分人生のいい話なんかにはしないと。この恨みを絶対に捨てない、一生抱えて生きていくと。何も許さないと。だって他に誰も覚えていてなどやれないのだから自分が忘れたら消えてしま存在である泣いている幼い自分。憎い母も捨てられない僕に、かわいそうな自分を捨てられるはずがなかった。

誰かが悪いとか、いつか復讐してやるとかそういうことじゃなかった。ただ忘れないでいてやりたかった。誰も慰めてくれなかった自分を僕だけは慰めていてやりたかった。ずっと一緒にいてやりたかった。

でも今、忘れそうになっている。あんなつらい、苦しい思いを忘れそうだ。だって僕は生きているから。

幼い自分はあの頃から一歩も進むことはないけれど、生きている僕は生きる限り進み続けて、その自分から離れていく。それがこわい。だって何も終わっていない。解決していない。許せていない。何も変わっていない。頭の上に振り上げられる手がこわくて、怒声がこわくて、ボールがこわくて、人がこわくて、あの頃の自分を苦しめたもの全部が開けていった心の穴は埋まっていないのに、感情だけ忘れていく。傷はまだ痛むのに、傷つけられた怒りは忘れていく。それがこわい。怒りや、悲しみや、苦しみや、恨みが、もうほんの少ししか思い出せない。だから、そんなことがあって、そんな感情があったことを残しておこうと思って、ここに書いた。

  • わかる。自分がその辛い思いを忘れちゃったら、奴らが自分に酷いことをしたっていう事実が、なかったことになっちゃう気がしてね。 こういうとき、神様なり因果応報なりがちゃんと...

  • 過去の亡霊にいつまでも集団リンチされ続けてる自分からすると本当にうらやましい どうやったら忘れられるの

  • 何いってる!そういう嫌な同じ奴にならなかったんだ、オマエは勝ったんだよ!誇れ!

  • 2秒くらいしか読んでないけど、可哀想。 親は選べないというが、宗教とかの世界だと親を選んで生まれてくるとかなんとか。 ただそんな考えに至るまえにクソみたいな教育受けてクソ...

  • 忘れてしまう自分を許してやれ。他の人が同じことを言ったら、ふざけんな忘れてんじゃねーぞとその人を責めるかい? 責めないだろ。 自分をそんなに責めるもんじゃないよ、許してや...

  • 忘れることは生きるために必要だったんだと思う。でも親を許してはダメ。 いつか自分も同じようなことを連鎖させないようにするために。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん