2020-06-29

[] #86-4「シオリの為に頁は巡る」

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俺はひとまず“クエスチョン栞”という命名センススルーして、他に気になっていることを質問した。

「この人、店で用意した栞に感想なんか書いちゃってるけど、それはいいのか?」

一冊の本に対してこんな使い方していたら、必然的に栞は使い捨てになってしまい、提供側のコストバカにならない。

牛丼屋で紅生姜を大量に消費するようなものだ。

「ウチは提供しているだけで、どう使うかはお客さん次第だよ」

マナーの悪い客が一人でもいれば破綻しそうなサービスだが、マスター見解は大らかなものだった。

まあ場末のブックカフェから、そうそ問題は起きないとは思うが。

そこまで本格的なサービスってわけでもないし、多少ユルくても支障はないのだろうな。

「ちなみに、なんで“クエスチョン栞”って名前なんだ?」

「……さあ?」

マスターは表情ひとつ変えず、そう言ってのけた。

名付け親にそんな返答をされたのでは、もはやこちらが言えることは何もない。

「どうしたの、何か気がかりなことでも?」

奥歯に物が挟まったような俺の態度を察して、マスターが様子を伺ってくる。

「いや……そうだなあ」

俺は言い淀んだ。

自分の中にある、この栞に対する違和感

それは言語化するのも差し出がましいほど漠然としすぎていた。

「強いて言うなら……栞は付箋タイプにしたほうがよくない?」

結局、俺は適当提案で誤魔化した。

「そっかー。確かに、他のお客さんが読むとき困るもんね」

そう言いながらマスター厨房の方へ戻っていく。

俺は床に落ちたままの栞を、元の場所に戻すことにした。

とはいえ、やはり直に触るのは嫌だったので自前のペンを使う。

やり方はこうだ。

まず空いていた穴にペンの先端を通し、掬い上げる。

そして持っていた本を開いて、そこに栞を落とす。

要は“金魚すくい”みたいな感じさ。

個人的には“木の枝で犬のフンを弄ぶ子供”を彷彿とさせたが。

「んー、ここでいっか」

どの箇所に挟まっていたかは分からないので、とりあえず真ん中あたりに入れた。

「ページ数とか、この栞にメモしてくれればなー」

栞を落とした自分のことを棚に上げつつ、本を棚に戻す。

「これでよし、と」

俺はそう呟いた。

自分に言い聞かせることで、この栞に対する“違和感”を拭い去ろうとしたのだろう。

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