2019-08-29

受験勉強をせずにふと東大に受かる大学生は静かににゆ

まともな受験勉強をしないで東大に受かる人はいる。悲しきかな私もその一人。

だがそのような人には大学に入ったのちのゆるやかな死が待っている。

ゆるやかに。じっとりと。

まともに受験勉強をしなくても入れるのは天才からとかではない。

環境によって入ることができてしまうことがある。だいたい中高一貫進学校だと起こり得ること。

想像してほしい。

たった一人で自分時間管理しながらマラソンを走る人と

ペースランナーが数百人、周りにじとっと六年間張り付く中で走る人を。

どちらがより楽にゴールに時間内にたどり着くだろうか。

彼/彼女にはなんの努力必要ない。

ただ年五回行なわれる定期試験学校ないのある程度の位置キープするバランスゲームを六年間やるだけで、東大に行けてしまう。

決して力を入れすぎることはない。ペース配分なんて考えなくても良い。何もしなくてもいつのまにかそのレベルにたどり着いてしまう。

最小限の力。

一日一時間だけ勉強して、周りから取り残されない程度にやっておけばいい。

周りで一日十時間以上勉強する人の様子を見ながら、それと大差ない結果が出る程度に最低限勉強すればいい。

努力した人の掘り進めた道を後追いに安全に進むだけのお天気野郎である

したがって彼/彼女努力の仕方を知らない。

努力するということを知らない。

彼/彼女は大きな勘違いをしてしまう。

「私は努力なしで東大に入れる天才だ」という勘違いである

この勘違いは彼/彼女大学の学びから遠ざける

何かしらゴールがあるわけでもない。

隣の人はまた違ったカリキュラム・興味関心を持っている。

ゴールがないからペース配分なんてあるもんじゃない。

隣の人の後追いをしたところで意味がない。

だが彼/彼女はなお自分天才だと信じて疑わない。

努力をしない。単位と点数をとる最低限の勉強をする。

そして死神の鎌はひっそりと「自称天才」たちの首に鎌をかける。

天才ナチュラル努力する」と彼/彼女勘違いする。

自分たちが中高時代勉強時間が少なくても成績が保てたのは、

自分勉強に関して天才であり、勉強時間意識しなくても勉強していたんだと勘違いする。

だが彼/彼女は実際には「トレース」の天才であるに過ぎなかった。

食戟のソーマ』に登場する美作昴のごとくである

意識的な努力をしなくても私はこっそりと努力ができているはず。

そんな甚だしい思い上がりとともに彼/彼女大学生活を送る。

一度も勉強に手を出すことはない。

周りをトレースしていく。

そうしているうちに死神は彼/彼女の首を狩り落としている。

だが彼/彼女は気づかない

そして大学の学びが教養科目から専門科目に移り、自分で学ぶことが求められるようになったとき

はじめて彼/彼女自分の首がとっくの昔に地面に落ちていたことに気づく。

絶望した彼/彼女はハリボテの虎となる。

まだ動物になることのできた李徴よりもひどい有様である

努力すらできない。自分天才である勘違いしている。

彼/彼女は死んでいる。

死神は神である嫌われ者だが重要役割果たしている。

適切に努力する人には正しい結果を与える。何も努力しない人には死を与える。

一定割合東大生は受験勉強をせずに入ってきてしまう。

そんな彼/彼女の多くにはこのような緩やかな死が待ち受けている。

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