たまにバズると反応があるが、はてブ、トラバでいろんなタイプがいるので、感想と上から目線で論評したい。
自分の記憶を言う:文書を書いた人間と向き合わず、自分と向き合ったり、集まってくるブクマカの方を見て、話を自分の方向に誘導しようとしている感があるが、あまり嫌な気持ちにならない。こちらも記憶を共有しているし、他人の記憶の風景というのも思わぬ発見がある。共感合戦である。
歴史的な文豪や映像作家との類似性を指摘する:自分の教養に注目を集めたいスノッブ感はあるが、褒められれば嬉しい。それに、名前を検索すれば勉強になる。
感情を表明する:嬉しい。特にポジティブな感情や切ない感情、日常の笑っちゃう瞬間の感情など、そここそ共有したいので、素直な感情が感想として一番刺さる。
自分自身の行動を変えようとする:嬉しい。自分が見つけた日常の豊かさなどささやかなものだが、それにより他の人が小さな豊かさや美しさを世界に発見するかもしれないと思うとちょっと気分がいい。
誤字や文章の無意味な繰り返しなど、未熟を指摘する:ムッとくるがありがたい。もっと精進せねばと思う。
好みに合わない、読むのをすぐやめたと表明する:ブクマ数が伸び出すと出現する。合理性がない行為だなと思う。政治的立場や日常の権力問題などで自分と違う意見が蔓延することを警戒し、一言、反対表明をするならまだわかるが、モノローグ系は毒にも薬にもならず、別に読まなきゃいいだけのはず。
文章への反省と改善を求める為に最大限ネガティブなアラームとして「読まない」という態度を表明する戦術を採用したという可能性も考えられるが、前述の様にバズり出す、つまりよく読まれた状態で出現することが多いと言う状況から判断すると、「読まない」と言う選択をしたごく少数の人の意見を参考にして文章の方向性を変えることにどうも合理性を見出せない。
「多数意見に半旗を翻せちゃう独立心旺盛な自分」を他のブクマカにアピールするのが目的か、目立つものを見た時にネガティブな意見を言うことに自分を見つけてしまっている状態だと思われる。
ダジャレ、大喜利:はてブ伝統の知的スポーツ。自分の知的技能、回転の速さに酔いしれている感があるが、嫌いじゃない。時々一本取られる。
自分ならもっといい解決方法を知っている、もしくはすでにとったと言う表明:マウンティングも甚だしいが嫌いじゃない。それは多く、日常の豊かさや嬉しさの表明だから。それに時々本当に知識が広がって勉強になる。
上から目線で褒める:行動というより態度やスタンス。「よくよく考えたら上から目線である」ということに気づかないことが多く、その瞬間素直に嬉しがってしまう。でもその上からの態度も猫に褒められてると思うとなんとなく可愛いし、あまりムカつかない。嬉しい。
トラバ:あんまり本気で読まない。議論が広がる様な指摘は少なく、大概の場合はネガティブな感想を書くのみ。時々、有用な情報や感情の共有を試みる「ちゃんとした人」がいるが、トラバがエスカレートすると、最初のような「新顔が来たから現実的なワシが世界の厳しさを思いしらせてやろう」とうんこを投げつけに駆けつけるはぐれボスゴリラといった風合いのトラバ(もちろん無視する)との扱いの差に対して妙な不公平感を感じてしまい、ちゃんとしたトラバには心の中でそっと「ありがとう」とだけ言う。
「後で読まない」とかタグつけてるやつ、知能に見合わない自己顕示欲と折り合いをつけてくれと思うよね