2019-07-21

投票しよう」よりも前に言うべき最も大切なこと

―――「投票しよう」。

投票日の21日、朝から晩まで僕のSNSは誰かが発したこ言葉で埋め尽くされていた。

タレント知識人学者はもちろんのこと、そうした有名人気取りの無名の人々も、いか投票することが大事なのかをとうとうと書き込んでいた。

しかし、そんなことよりももっと大事なことがあるだろう。

投票しよう」よりも前に言うべき最も大切なこと、それは「他人意見に寛容であろう」なのだ

あなたが正しくないと思ってることは、誰かにとっての正しいことだし、あなたが正しいと思っていることも、誰かにとっては正しくないということをみんなが忘れている。

SNSには「投票しよう」と同じくらいに、与党政策に対する否定言葉や、野党への罵詈雑言、はたまたどう見ても陰謀論が並んでいた。

(あとレペゼン地球に対する批判の声もね)

どの投稿も「~に投票したら絶対ダメ」「~で日本の将来が心配」など、その選択をすることは悪であり、愚かであり、ゴミクズみたいな書かれ方がされていた。

果たして本当にそうなのか?安倍を支持するやつは悪人なのか?原発廃止しようという人間は愚かなのか?消費税増税に賛成するやつはゴミクズみたいな存在なのか。

絶対に違う。ある選択をした人には、その人なりの「正しさ」がある。

その正しさを認めた上で、自らの意見との違いを話すことが大前提なんじゃないか

他人意見に寛容になれないのであれば、僕は政治に興味を持ってはいけないと思っている。

他人意見に寛容になれないのであれば、そこに分断が生まれる。

その分断は、選挙投票しないことよりも、もっともっと恐ろし結果を僕たちに用意しているように思えてならない。

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