連れに幼い子供がいたので空いてきたら譲ればいいかと思い優先席に並んで座った
かばんにマタニティマークはつけていないがヒールのない靴を履いていて、妊娠初期と言えなくもないゆったりとした服装で、妊婦さんですかと声をかけるべきか否か戸惑った
結局声をかけることはできなかった
その次の駅から車内は満員に近い混雑になった 人混みのかなり高い位置から皺の多い手が伸びてきて優先席脇のバーにつかまった
咄嗟にこれは席をゆずる必要があると思い「あの、ここよかったら」と声をかけた瞬間その手の持ち主に睨まれた 老婆というには幾分か若い50代くらいの女だった
腰を浮かせてしまった手前また座り直すわけにもいかず、やむなく立った
妊婦ではと思っていた若い女も中高年の女も、それ以外の客も誰もその席に座らなかった
同行の子供は爆睡し、隣に座った父親は見ていたスマホの画面を丸出しにして同じように居眠りをしていた
中高年の女が聞こえるか聞こえないかの小さな声でブツブツと何か文句を言っていた
その次の駅で乗客の半分が降りた
右側から、高齢の男の声で「どけ、通れないだろうが!」という罵声が飛んだ
席を譲ろうかと迷っていた時にそんな人物は見かけなかったので向かい側の優先席に座っていたのかもしれない
自分はつり革につかまって立っていた、乗客の大半はすでに降りて後方は空いているはずだった、少し横へ避ければ余裕で通れたはずの通路だったが老人には違って見えたのだろう
同行していた父親はその罵声で目を覚まし少し顔を上げたが知らん顔をしてまた居眠りを始めた
もっと強そうな外見をしていたら罵声や文句など浴びずに済んだのかもしれない
他の客と同じように堂々と優先席に座って知らん顔でスマホをいじっていればよかったのかもしれない
あんな罵声などよくある不運と割り切ってさっさと忘れてしまえばよかったのかもしれない
通行の邪魔になっていた、中途半端に席を立った自分が悪かったのだと素直に反省すべきなのかもしれない
通り魔に刺されて死んでしまえ、不注意運転の車に轢かれて死んでしまえとあいつらを呪う心を恥ずべきなのかもしれない
誰にも言えずにその夜は塞ぎ込んで泣いて眠った
今後混んだ電車に乗るときのために大きなサングラスを買おうと思う
なんにせよもう優先席になんて二度と乗りたくない
始発駅でグリーン車に乗ろう