2019-05-28

[] #74-1「ガクドー」

年号が変わる意味なんて分からないけれど、何事にも節目ってのはある。

まれて十数年しか経っていない俺だって、勿論そうだ。

身長は伸び、それに比例して体重も増えて、ついでに色んな所にも毛が生えた。

やりたいことも、やれることも、やらなきゃいけないことも両手に収まらない。

でも年号と同じく、時間は俺たちの気持ちとは関係なく流れ、距離はどんどん離されていく。

からこそ思いを馳せたがるのかもしれない。

俺が今よりもガキだった頃、ちょうど今の弟くらいだった時にまで記憶は遡る。


あの頃の俺と弟は、とても不自由な思いをしていた。

平日のスケジュールはこうだ。

まず午前7時に起床。

朝食を摂ったり、身支度を整えるのに1時間弱。

多少ズレても8時ちょっとには学校に着くようにする。

そこで数時間過ごして下校し、その足で真っ直ぐ学童所へ。

父親が迎えに来る午後6時過ぎまで、そこで過ごす。

買い物を済ませ、家に着いた頃には午後7時前後

そこから晩飯や入浴、睡眠もあることも踏まえれば、自由に過ごせる時間は皆無に等しい。

当然、夜遅いので友達の家に行って遊ぶだとかの選択肢存在しない。

俺たちは実質、1日の半分以上を自宅以外で過ごし、子供時代の豊かで自由時間を拘束されていたわけだ。

まあ、子供自由時間なんて、総体的に見れば無駄だとは思う。

だが、その無駄すら愛せない不自由感が問題だった。


その不自由感の象徴ともいえるのが、当時通っていた『ハテナ学童保育所』だ。

小学生向け保育園みたいな場所で、親が仕事を終えるまで子供たちが時間を潰す場所だった。

「マスダは何で学童に?」

「母さんが母さんでなくなっちゃったらしくて」

「え……」

この時、俺たちの町では『親免許制度』なるものが実地されていた。

体の9割が機械化していた母はこれに引っかかったんだ。

から特別試験仮免をとるまで離れ離れ。

仕事で家にいないことが多い父は、止むを得ず俺たちをここに預けたってわけ。

「マスダ、ほんとゴメン。ちょっと無神経だったよ」

別に謝るようなことでもないと思うが……」

あの時、理由を聞いてきた学童仲間がすごく気まずそうにしていたが、何だか誤解されていた気がする。


学童所での環境は、お世辞にも良好とは言えなかった。

ないよりマシ程度のボロ屋で、壁や柱には歴代学童たちの落書きと傷で溢れている。

まりのボロさに、映画舞台で使われたほどだ。

タイトルは覚えてないけど、多分しょうもない映画だと思う。

「……弟よ。口を開けたまま、天井をずっと見ているが、バカみたいだぞ」

兄貴自分の弟がバカであってほしいわけ?」

「いいや……じゃあ、なんだ? 学祭バカ役でもやるのか?」

「なんか、天井から水が落ちてくるから、どんな味かなあ~って」

「……!?……バカヤロっ、そんなの飲むんじゃねえ!」

雨漏りという現象を直で見たのも、その時だ。

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