特定の役割というものは、特定の人たちから嫌われやすいものだ。
長年その地位にいるのだから、さぞかし市民から支持されている有能な人物なのだろうと思われるかもしれないが、別にそんなことはない。
善良で思慮浅く、働き者で生産性がない。
市のトップとしては些か頼りないと言わざるを得ないだろう。
それはなぜなのか。
市長の椅子が揺らされたある日、俺はその理由を知ることになる。
『市民の皆さん! 今のこの町、より具体的には今の市長に不満はないか?』
彼はたった一人で、しかも市役所から数十メートル離れた場所でそれをやっていた。
中々に剛胆な奴といえよう。
「フクマ?」
タイナイが言うには、フクマは動画サイトやSNSなどで政治をあれこれ語っている人物だとか。
そして、彼が最近ご執心なのがこの町のもろもろで、特に市長については批判的な言及をよくしていたらしい。
「だけど反響はイマイチなかったみたい。たまにコメントで夕飯の献立が書き込まれる位で」
つまり、あのフクマって奴はその現状にやきもきして、自分の主張をもっと轟かせられる場を求めにきたわけだ。
それだけこの町の政治について、或いは市長に対して強い情念があるのだろうな。
『今の市長が市長でい続ける限り、この町は悪くなることはあっても良くなることは絶対にない!』
だけど俺たちは、その思いを感じ取れるほど強い関心をもてなかった。
何も思うところがないといったら嘘になるが、彼の演説を立ち止まって聞くほどじゃない。
「まあ、この世にああいう草の根が未だ存在しているなら、民主主義もまだまだ形骸化してないと思えるね」
「いや、僕もよく分かんない。なんか政治的なことを言ってみたくて」
俺たちはマイク音が耳から抜けるのを感じながら、スタスタと広場の横を通り過ぎる。
それは他の人たちも同じだった。
『市長はちゃんと考えていないのです。いや、恐らく出来ないのでしょう』
「いいぞ、よく言った!」
「わしらも大体同じこと思っとった!」
1ヵ月後も経つ頃には、広場がフクマ目当ての人間たちで溢れていたんだ。
『そのことを市民である我々は気づいた。次は市長に気づかせる!』
「その通り!」
フクマのマイク音と、集まった人達の同調する声によって辺りはお祭り状態。
『今の市長に期待をする時期はとうに過ぎた!』
「そうだー!」
以前から政治や市長に不満を持っている人間は多くいたが、彼を媒介として露になった形だ。
そして誰かが何気なく、だけど決定的な号令を鳴らしたのだ。
『え……』
「……ああ、確かに。それが一番いい!」
周りの支持者も、その号令に同調する。
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