彼は無能だ。周りの彼に対する人物評という相対的な評価、生み出した数字という絶対的な評価、どちらの評価軸で考えても無能言って差し支えないだろう。
おまけに外見もあまりいい方とはいい難い。清潔感を損なっているわけではないが、なんとなく自分が異性だったら避けて通るような雰囲気だと思う(もっと具体的に説明できるが、この場にはふさわしくないだろう)。
で、ホントによくイジられている。職場の会話は多い方だと思うが、仕事の話を除いた彼の会話は、ほぼ彼をイジる話題が発端だ。
彼はというと、時に場の空気を読んでたどたどしくも三枚目に徹し、時に聞こえなかったフリのような生返事を返し、時に無視していた。
彼が居ないとき、盛り上がる話題があった。彼がいかにダメかという話題である。
「○○君、成長どころか退化しているくさくな~い?」
「○○、そんなことも知らないの? 子供じゃないんだからさ……」
「書類を読んで一発でわかるって、○○には別の才能があるんじゃないか?」
そして締めの言葉が、
「まぁ、○○だからな……」
僕はいつも、この会話へ普通に参加しつつ、でもなにかモヤモヤしたものを感じる。
できるだけポジティブに考えるなら、「まぁ、○○だからな……」で終わらせず、会社として、無能を有能へ教育するために「じゃあどうするか」と続けるべきではないのか。
そんな事を考えて、僕は頭を振る。
「思いついたプランを何個か列挙して、良かったものを試してみよう。もちろん仕掛けるのは君だ」
そんなことを言われたならたまったものではない。
いや、本当にたまったものではないのは、一番地位の低い人間を失うことだ。そして、順位が変動した結果、自分がその地位へ落ちてしまうことだ。
分かっている、周りの非情な連中と僕、根本で考えていることは同じだって。
でも反面、周りの「私は○○よりは優れた人間だ」とふんぞり返っている人間より僕は優れている、という自負もある。
無能を積極的に攻撃する人間より、僕のほうが断然マシな人間である。
そんな自負によって、結局僕も彼をダシに心の安定をはかる。
なんて醜いのだろう。
僕が欲しいのは弱者からの信頼よりも会社や業界からの信頼だってはっきりしているが、彼がイジりに対して言葉に詰まっているとき、彼だけミスを許されず当然のように残業しているとき、彼に話しかけられた時だけ変わる態度を見たとき、もし僕が彼だったら、と考えると泣いてしまいたくなるような罪悪感を感じる。
彼は何事についても、努めて考えないようにしているふうに見える。多分、考えすぎると鬱になってしまうのが分かっているのだろう。だから、僕が代わりに彼について考える。まるでダメな人間から這い上がっていく漫画の主人公みたいに。どうすれば彼をバカにしている彼女を黙らせられるか。どうすれば彼を荷物と考える上司に計算間違えを認めさせられるか。
でも、いくら考えても現実的なビジョンは描けない。彼は単純に、全く成長しない無能だった。
「思いついたプランを何個か列挙して、良かったものを試してみよう。でも、彼はきっとどのプランも半笑いでごまかして、手を付けないだろうね……」
有能に見える有能にお願いがある。あなたの支配しているコミュニティのパワーバランスを揃える努力をして欲しい。力に差があるのはお互いに辛い。
有能に見える無能にお願いがある。無能を使って自分の相対評価を上げないで欲しい。その場では笑っていても、誰かはきっとあなたから離れる事を考えている。
無能に見える有能にお願いがある。謙虚に振舞うのは美徳だし、静かに暮らしたいのも理解ができる。ただ、あなたが有能を示すだけで救われる存在がきっといる。
無能に見える無能にお願いがある。自分の力で、周りとの力量差を埋めて欲しい。できないならば、自分に合った環境へ静かに去って欲しい。
なーに変なことを考えてるんだろう。それで片付けられない日々が、また来週から始まる。