2018-07-12

7/12はお母さんの命日。死んだお母さんに添い寝したこと

死んだお母さん。

ちょうど今頃の時間、飲んでた時に電話がかかってきた。

正確に憶えてないけど、肺に水がたまっているから、胸の切開をしていいか?と。

助かるもんなら、お願いします、ということを言ったと思うけど、訳がわからなかった。

午前1時過ぎ、死んだ、と電話があった。たぶんお父さん。金曜の夜だった。

一番早く帰らなきゃと思いながら、お金もないか成田発のジェットスターの予約を取った。始発で成田に行った。

成田で、田舎友達から電話掛かってきた、のか、自分から掛けたのかは憶えてない。これから帰る、と。

もう、家に帰るまではほとんど憶えていないけど、知ってる景色が見えてくると、だんだん父母の姿が目に浮かんできた。

最寄の駅からタクシーで家に帰って、家にあがったら、お母さんの顔に白い布が掛かった状態で、分厚い布団を被って仰向けに横たわってた。

その時は憶えている。お母さん、と言って、たぶん泣いた。

で、顔に掛かっている白い布を取った。いつもパーマを掛けていたお母さんの髪がストレートで、顔は少し白かったけど、ふっくら感は寝てるようにしか見えなかった。

わずほっぺに触ったら、冷たかった。

たぶん、お母さんは死んだんだ。死に目に会えなかった。でも目の前にいる。

お母さんの横に添い寝して、冷たい顔を撫でながら話しかけた。

お母さん、聞こえる?帰ってきたよ。起きようよ。オイ、オイ!

お母さんと密着するのは、たぶん幼稚園くらいまでだった。

そのころの癖、お母さんの二の腕を摘んだ。

ほっぺを触り続けて、冷たいほっぺに何回もキスした。これまでお母さんにキスなんかしたことなかった。

つのまにか寝てて、朝起きたら、お母さんが布団を被って寝てた。

一瞬死んだことを忘れてたから、意味が分からなかった。お母さんのほっぺを触ると、冷たかった。

今、2018年。これは2014年。もう4年も経つ。あのときのお母さんの顔と冷たさははっきり憶えている。

いまだにお母さんの夢はたまにみる。

今日はお母さんの命日。夢に出てきてくれるかな。

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