私は昔から自分の名前が好きになれなかった。黒須。闇を匂わせるその名字は男子の揶揄いの対象となり、その内クロという渾名が付けられた。
白河はそんな私とは対照的で、いつも太陽のような微笑みを浮かべている。
黒は、白と交じり合う事が出来ない。寄添いはしても近付き過ぎると互いの色を浸食してしまう。ありがちな話だが私はそれを恐れた。
私は働いた金で小さなバンを買った。チャコールグレーの車体は陽光を眩しく照り返す。一度の給油で行ける所まで行った。時には海岸線沿いを無心で走った。日没が訪れ夕食の支度をする為に人々は街へ帰っていく。私はといえば途方もなく自由だった。そこは日本最東端の岬、浜に聳え立つホテル群の窓から灯りが漏れていた。水平線の彼方に沈む夕日を見ながら、地球に果てはない事を知る。
不意に、白河の事を思い出した。高校時代、小説を見せ合っては感想を述べ、編纂したものを部誌に寄稿していた。彼女の文体は美しく怜悧だった。責任感の必要な仕事を任されるのも大体彼女だった。
我々は、全く正反対の性質を持ちながらも未だ郷土に縛られていた。
しかしもう私は白側の人生に寄せるつもりはない。いっそ更に深みを増した色へと変化したかった。車を振り返る。手に入る筈だったもの、手に入れたかったもの、様々思い出されるが今は手となり足となるこれ一つで十分だ。行ける所まで行ってそれから考えればいいとすら感じる。迷いが出るとすればそれは途方もなく自由だからなのだ。