『彼方のアストラ』が最終話だから感想書こうと思ったけれども、細かいこと言い出すなら色々とあっても結論としては『良い作品だった』ってことになるから、まあいいや。
ド派手なアクションシーンで楽しませながら、終盤にちょっとしたオチ。
まあ終盤のオチは、あれがないと単なる「巨大生物に立ち向かう戦士たちのヒューマンドラマ」になって月並みだから、ちょっと捻ってみましたっていう印象のほうが強いかな。
もちろん設定とかもちゃんとこじつけてはいるけれども、大筋の描写がしっかりしすぎているが故の弊害かもしれない。
『マッチョグルメ』の人が原作だってこと踏まえると、ある意味で納得。
ややもすると真面目に描きにくい話を、大真面目に描いてストーリーを成立させるっていうスタイルだからね。
いや、「良くも悪くも言うことない」ってのは、つまり評価していないってことになるか。
前半の話に読者を引き込んでくれるようなものがないし、後半はタイトルにもなってる『鬼の影』についての解説がほとんどだし。
坦々としているというか、陳腐というか、「設定垂れ流しマンガ」みたいになってしまっている。
「実は主人公は……」みたいなパターンも定番だし、その展開も読んでいる途中ですぐに気づく。
展開が読めること自体が悪いとは一概に言えないけれども、それが作品の面白さとは何ら関係ないってのは欠点だと思う。
絵も基本的に拙いけれども、鬼の影が登場する場面は割とサマになっている気がする。
カラーの力が大きいだけかもしれないが。
ストーリーものってサクッと読めないから感想書きにくいけれども、テーマが最初からハッキリしていると、それだけで読みやすくて助かる。
粗探しをするなら、ニケはキャラクターとしては出来ているけれども、ストーリー上の役割としては舞台装置的でしかないって点かな。
超常的な存在なのに大したことをやらせないから、展開としてはあまり盛り上がらない、役割としての必然性が薄い。
もちろん主人公の心境が少しだけ変化するキッカケにはなっているけれども、その程度だったら別に似たような人格の登場人物でも良いって思ってしまう。
“ハートフルコメディ”らしいが、コメディ要素に関してはそこまで楽しいと思える要素が少ない(ハートフル要素に関しては異論はないけれども)。
とはいえ描きたいことは理解できるし、作風と演出そのものにケチをつけるようなところはないので、総じて手堅く纏まっているって印象。
回想の代わりに動画の記録という演出を取り入れて、その演出がちゃんとストーリー上でも意味があったと分かる構成が良い。
この手の話ってオチが読めたり、判明した後だと途端に白けるんだけれども、本作はそれが分かった上でなお読ませる構成になっているのが上手いと思う。
オチを理解したうえで改めて読み返すと、カメラに映っている登場人物たちの言動とか、視点が見下ろしになったところとか、色んな箇所に恐怖を覚えるっていうね。
もう一度読み返したくなるっていう意味では、今回感想を書いた読み切りの中では一番印象的かな。
難点は、ちゃんと読み込まないと話を理解しにくい構成なのが一長一短といったところ。
色々と工夫しているのに、それが分かりにくいのは勿体無いと思う。
余談。常々思っていることなんだけれども、はてブでホッテントリになる漫画って、いまいち基準が分からないことが多いんだよね(面白いかどうかって話じゃなくて、面白いマンガの中からホッテントリになるのはどういう類のものなんだろうって話)。ただ、今回のに関してはまあ分かる。やっぱりプロットにキャッチーさがあると強い。
特定のシーンとかしっかりキマっていて、絵の迫力も中々なのに、話の流れとか展開が不自然なところが多くて悪目立ちしてる。
セリフ選びのセンスというかセリフ運びもぎこちなくて、そっちが気になって目が滑る(深読みするなら、一応この不自然さにはちゃんと理由があるといえなくもないんだけれども、ほとんどの登場人物のセリフがぎこちないから、ちゃんと機能しているといいにくい)。
テーマは犯人のセリフからして明瞭ではあるけれども、ただ喋らせているだけって感じ。
ときおり出てくる独特な表現がプロットに馴染んでなくて、単なる賑やかし的な飾りにしかなってないのも気になるし。
演出意図が希薄なのに目立つ表現って、悪目立ちに近いから読んでると戸惑う。
作風は色濃く出ていて、一つ一つの要素を抜き出して評価する分には面白いんだけれども、それらが一つの作品としては噛み合ってないなあって印象。
こういうシチュエーションは、『言の葉の庭』を思い出すね(別にパクりって言いたいわけじゃない)。
『君の名は』でメジャー級になるまで、新海誠監督がいまいち大衆に認知されない理由を象徴するような作品だと思う。『言の葉の庭』って。
アニメーションと表現力は圧倒的なんだけれども、プロットが退屈すぎるからね。
主要人物のやり取りとかの繊細さ、空気感など、作り手の表現したいことを汲み取った上でなお退屈だった。
なんか『言の葉の庭』の感想になっちゃたけれども、なんでこういう話をするかというと、この漫画の長所も短所も大体同じだからだと思う。
身も蓋もないことをいえば、動きの少ない、劇的じゃない物語を面白がるのは難しい。
ましてや本作は漫画だから劇半やアニメーションがない分、漫画という媒体を存分に活かした表現や、よりプロットが重厚で繊細でないと厳しい。
キャラ漫画とかだと、キャラクター性に振り切ることで緩和されるけれども、地に足の着いた登場人物たちが現実的な世界観で物語を紡ぐなら何らかのフック、エンターテイメント性のある劇的な要素がないと、どうしても盛り上がりに欠ける。
漫画的記号のキャラであるゴッデスと、漫画的記号の取り巻きたちに、主人公がイライラするっていう要はメタフィクション要素の強い作品。
“こんなヤツ現実にいるわけがないし、いたとすれば絶対キャラでやってるだろ”っていう読者の共通認識をコメディの主体にしているのは、取っ掛かりとして良いと思う。
「キャラとかではなく、本当に忘れっぽいだけ」みたいなオチに逃げず、ゴッデスが最後の最後にやらかしたポカが、ネタを忘れるっていう展開なのも利いてる。
深読みするなら、結局ゴッデスがネタでやっているのか、素でやっているのか有耶無耶にしているとも解釈できるけれども、それだと話としてフワフワしすぎているから個人的にその線はナシかなあ。
それと、展開にもう一捻り欲しい。
漫画的記号に対するツッコミを主体にするなら、それこそゴッデスというキャラや、彼女を持てはやす取り巻きの不気味さとか掘り下げられる要素はたくさんあるのに、ただ表面をなぞっているだけのストーリーになっているのが物足りないかなあ。