2017-12-08

約束オナニー

「やだい!手術なんか受けないんだい!」

独特の消毒臭に混じって大きな金切り声が白い廊下に響いた。ここが病院であることを忘れるほどの元気な声、わたしは深くため息をついた。8歳になる我が息子は生まれつきの難病を抱えている。治療法もなく、担当医曰く10歳まで生きられれば奇跡らしい。それ以上延命できた例がないそうだ。助かる助からない以前の問題だ。

病気なんだからさないとダメよ、お外で遊べなくなるんだから

手術をしてもいくばくかの延命しかならない。儚い命をいくら繋ぎ止めるだけの手術。それだけのために息子の体にメスを入れ痛みを与えることになる。本心ではそんなことしないで欲しい、そう思ったが少しでも長生きして欲しいという思いもあった。

少しでもこの子笑顔を見ていたい。元気に叫ぶ姿を見ていたい。できることなら外を走り回る姿だって見たい、そう思った。もう、手術をしてもらうことしか選択肢はなかった。しかし、息子にとって手術は恐ろしいものらしく、頑としてこれを受け入れなかった。

「僕ね、病気じゃないよ。元気だよ。お外でも遊べるよ」

屈託のない笑顔でそう言う息子は元気そのもので、本当に病気じゃないかもしれない、そう思えるほどだった。けれども病魔は着実に息子の体を蝕んでいる。そう思えば思うほど涙を堪えることしかできなかった。それしかできない自分を心の底から情けないと思った。

この笑顔をいつまで見ることができるのだろうか。

苦痛に歪み、そのまま消えてしまうであろうこの笑顔、私には守ることのできないこの笑顔、正直言って私は迷っていた。このまま何もせず、ただ息子の笑顔が消えていくのをジッと待つべきか、それとも成功率が低く、成功したとしても気休め程度の延命しかならない手術を、そんな無意味ともいえる手術を息子に受けさせるべきなのか。どちらが親として正しい選択なのか……。いくら考えても答えが出なかった。

「やあやあ、俊夫君、体調はどうかな?」

主治医看護師を伴い、満面の笑みで病室に入ってきた。息子の余命が幾許もないこと、手術は困難を極めること、成功しても気休め程度にしかならないこと、それらを私に告げた時の深刻な表情がまるで幻であったかのような快活な笑顔だった。

「どうかな? 俊夫君。手術を受ける気になったかな?」

医師は俊夫の顔を覗き込んだ。すぐに俊夫が顔をそむける。

「手術なんて受けないよ! だって怖いもん。痛いのだって嫌だよ。手術を受けても受けなくても僕、死んじゃうんでしょ、知ってるよ。それなら受けない方がいい」

なんてことだろう。息子は自分の命が残り少ないことも、成功率が低いことも全て知っていた。もう先が長くないことを知りつつも、私たちを悲しませないよう精一杯の笑顔で振舞っていたのだ。息子の前では泣かないと決めていたのに大粒の涙が零れ落ちた。

辛いのは私たち夫婦だけじゃなかった。息子だってそれ以上に辛かったのだ。こんないい子を死なせてはいけない。こんないい子を失いたくない。もうどしたらいいのか分からなくなっていた。

病室に静寂が訪れた。その空気を破るかのように医師が切り出す。

今日はね、俊夫君に会わせたい人がいるんだ。俊夫君も良く知ってる人だよ」

医師はそう言うと、ドアを開けるよう看護師に促した。

ドアを開けると廊下の窓から漏れる西日が病室に入り込んできた。その眩い光を遮るかのように大きな人影が躍り出る。

「やあ、俊夫君、元気かな」

大柄の男性はそう言った。逆光で姿が見えなくとも優しい表情をしているであろう柔らかな声だった。

眩しさに目を細めていた俊夫がまじまじと影を見る。次第に顔が見えたのか目を見開いて驚きだした。

「すげー! スペルマズの松井選手だ!」

そこには、息子が大ファンプロオナニー選手スペルマズの松井選手が立っていた。ブラウン管越しに見るのとは違い、体も大きく、なにより漂うプロオナニー選手独特のイカ臭匂いが印象的な人だった。

「実は私、松井選手後援会会長をしてましてね、俊夫君が大ファンだということを伝えたら是非会ってみたいと言われたんですよ」

医師はまた笑顔を見せた。

「すげーすげー! お母さん、松井選手だよ! サインもらおうよ!」

まりの息子のはしゃぎっぷりに照れ笑いを浮かべた松井選手。息子が差し出したプロオナニーカードにも快くサインをしてくれた。サイン入りのカードを渡しながら松井選手が切り出す。ちゃんと俊夫の目線まで屈んで話してくれる姿が印象的だった。

「俊夫君、手術受けるのが怖いんだって?」

途端に俊夫の表情が曇る。

「違うのかな?」

俊夫が重い口を開く。

「うん、怖いよ……。だって体を切っちゃうんでしょ、それに成功しないって看護婦さんが言ってた。僕知ってるんだ。僕もうすぐ死んじゃうんだもん……」

また静寂が訪れた。松井選手さらに顔を近づけて言った。

「僕らプロオナニー選手はね、常に怪我との戦いなんだ。僕も俊夫君くらいの頃に酷使しすぎでペニス靭帯が裂傷してね、アメリカの有名な先生に手術してもらった。あの時は怖かったなあ」

「だよね、松井選手でも手術は怖いよね……」

俊夫が頷く。

「今でも怖いよ。ペニス爆弾を抱えてプレイしているようなものからオナニーボックスに立つたびに怖くなる。逃げ出したくなる。またあの痛みが再発するんじゃないかって」

「やっぱり……痛いのは怖いよ……」

俊夫はさらに俯く。松井選手は首を横に振りながら言った。

「でもね、それは違うんだ。痛いのは確かに怖い、手術だって怖い。でも本当に怖いのは、恐怖のあまり挑戦することを放棄する、そんな逃げ腰な自分になってしまうのが怖いんだ」

「逃げ腰な自分……!?

俊夫が顔を上げ、松井選手の顔を見つめる。

「ああ、そうだ。挑戦することを忘れ、嫌なことから逃げ出してしまう。それは確かに楽かもしれない、怖くないかもしれない。けれども、そこから一歩も進めなくなってしまうんだ。動けなくなってしまうんだ。痛みや手術なんかより僕はそっちのほうがずっと怖いな。あの時逃げなかったから今の自分があるわけだしね」

「そんなの良く分からないよ。やっぱり僕、手術するの怖いもん。一人で死んじゃうの怖いもん」

今度は俊夫が首を横に振った。

最愛の息子に「一人で死ぬのが怖い」とまで言わしめた自分の無力さを呪った。悔しかった。また大粒の涙が流れ落ちた。それに気づいたのか気づかなかったのか、松井選手こちらを一瞥した後、俊夫の両肩に手を置いてさらに続けた。

「じゃあこうしよう。今夜のナイターで僕がホームシャセイ打つことができたら俊夫君も手術を受ける。これでどうだい?」

松井選手はまっすぐ俊夫の瞳を見ていた。また俊夫は首を振った。

「無理だよ、松井選手は確かに2012年にシャセイ王のタイトルを取ったけど、最近じゃスタメンからも外れて、たまに代打で出てくる程度、今シーズンなんて一本も打ってないじゃないか。そんなの絶対に無理だよ」

「俊夫……! なんて失礼なことを!」

一歩前に出たわたし松井選手右手で制した。そして変わらず俊夫の瞳を見ながら続けた。

「無理だからこそ挑戦するんだ。僕の挑戦と君の挑戦、賭ける価値はあるんじゃないかな? それとも怖いかい?」

少しの沈黙の後、俊夫はゆっくりと首を縦に振った。

「……わかった。僕、松井選手が今夜ホームシャセイ打ったら手術を受けるよ、絶対受ける。約束するよ」

松井選手も深く頷いた。

「男と男の約束だ」

「俊夫……」

の子が手術を受ける気になってくれた。立ち止まらず、前に向かって歩く気になってくれた。

病室を出た松井選手見送り病院玄関で深々と頭を下げた。すると、松井選手は車に乗りながらこう言った。

「お母さん、プロオナニー世界では常に挑戦です。相手ピッチャーの放るエロネタがとても抜けないようなものでも必死で抜く、それでホームシャセイを狙うんです。俊夫君もそうだけど、お母さんにも挑戦する気概を忘れないで欲しい。大丈夫ですよ、今夜、僕は打ちますから

私の心を見透かされたかのようだった。成功率の低い手術に怯え、息子の笑顔を失うのを怖がっていた。ずっとずっとその場に立ち止まり、ただ漠然と病魔が進行していくのを見ていた。それじゃあダメなんだ、挑戦しなきゃいけない、俊夫だけじゃない、私だって。もう迷いはなくなっていた。

走り去る松井選手ポルシェのテールランプを見つめながら、私は何度何度も深々と頭を下げた。

その夜、特別に病室でテレビを観る事を許された。看護師がやってきていそいそとテレビのセッティングを始めていた。いよいよ、松井選手の挑戦、息子の挑戦、そして私の挑戦が始まるのだ。

試合は1-0の投手戦だった。松井選手所属するスペルマズは、今シーズン首位を独走するオナホールズの大型ルーキー投手完璧に抑え込まれていた。オナホールズの犠牲シャセイで1点が入ったのみ、スペルマズは負けていた。もちろん、松井選手スタメンから外れ、未だ出番がない。

「いやー、ちょっと今日は両投手状態が良いですね、白熱の投手戦様相を呈してきました。これはちょっとホームシャセイ打てないんじゃないかな」

解説者が白熱の投手戦にご満悦といった調子解説する。試合は9回裏、いよいよスペルマズ最後攻撃となった。

「お母さん、松井選手出てこないね

大丈夫松井選手ならきっとやってくれるわ」

そんな言葉も空しく2アウト、いよいよ最後バッターオナニーボックスに立った。もうダメだ、この投手なら抑えてしまうだろう、そして試合は終了、松井選手が出るまでもなくスペルマズは負けてしまう。

「あーっと、ボークですね、ボークです。山田投手エロネタを投げる前にチラッと見せてしまいました。見た感じフォークのような、40代熟女セミヌードですね、これは痛い、ボークです。打者は無条件に1塁まで進みます

奇跡が起こった。好投を続けていた山田投手ボーク、同点のランナー一塁へと出た。

「あー、ここで監督ますね、どうやら代打のようです。代打ですね、今ゆっくり主審にかけより代打を告げました、場内放送にご注目ください」

「6番、ライト田中に代わりまして、代打松井背番号69」

一斉に場内がどよめく。それと同時に病室でもどよめきが起こった。いつの間にか医師看護師だけでなく、他の入院患者までテレビに駆け寄り松井選手と息子の挑戦を見守っていた。

「ここで松井とは驚きですね。左投手山田に対して左曲がりの松井代打です。松井選手今シーズンはまだホームシャセイはありません。これは思い切った起用ですね。さあ、一打出れば逆転サヨナラ、注目の打席です。」

松井選手ゆっくりオナニーボックスに立つと、おもむろにズボンを脱ぎ始めた。そして血管を浮き立たせた逞しすぎる男根を誇らしげに素振りする。全盛期の松井選手独特のオナニースタイルだ。そそり立つ男根相手投手を威嚇しているかのように思えた。

「さあ、山田投手セットポジションから第一球を投げた!」

松井選手男根は空しく宙を舞った。

ストライク! 今のはスライダーですかね、女子プロレスラーヌードコラージュでしたね」

「今のはちょっと抜けないでしょう、厳しい球投げるなー」

ピンと張った糸が部屋中に縦横無尽に張り巡らされているかと思うほど緊迫した空気が病室に流れた。いつの間にか誰も声をあげなくなっていた。固唾を飲んで小さなブラウン管を見守っている。

「さあ、第二球を投げた! 空振り! ットライク!」

松井選手男根はまたも空しく虚空を切り裂いた。これでツーストライクだ。もう目を覆いたくなる気持ちだった。

解説の権藤さん、またスライダーですね。二球続けて女子プロコラ、これには松井、全く手が出ません」

スライダーが冴え渡ってますね」

「決め球は何できますかね」

「恐らく得意のカーブ、それもYAWARAちゃんのコラージュあたりでしょう」

テレビを観ていた誰もが息を呑む瞬間。いよいよ最後の球が放たれる時が来た。目を逸らしてはいけない。そう思った。わたしが逃げてる場合じゃない。

ピッチャー山田、振りかぶって第三球を投げた」

ドピュ!

「抜いた抜いた! これは大きい! グングン伸びているーーー!」

松井選手の抜いた白濁液は大きく漆黒の空に飛んでいった。まるで星空と一体化したかのように白い液滴がフワリフワリと宙を舞った。

ライトバック、必死にバック、それでも追いつかない。入ったー入ったー! ホームシャセーイ!」

「やはりYAWARAコラでしたね、それを見事に抜きました。あれはピッチャーを責められないですよ」

「渾身のYAWARAコラを抜き返した松井白濁液ライトスタンドに飛び込みました!」

「あーあ、最前列スペルマズファンがドロドロになっちゃってるな」

「いま、松井ゆっくりベースを回ります。たくましいですね、あれだけのホームシャセイの後にまだ勃起してますよ。そして今、ゆっくりホームイン! サヨナラです、サヨナラ2ランシャセイです!」

ワッと病室でも歓声が上がった。医師看護師入院患者も、まるで自分のことのように手を取り合って喜んでいた。

今日ヒーローインタビューは、見事な逆転サヨナラシャセイを打ちました松井選手です! どうでしたか最後の1球はカーブだったようですが」

そんな質問はお構いなしに、松井選手マイクを奪い、カメラに向かって呼びかけた。

「俊夫君、見たか! 約束は守ったぞ! 今度は君が約束を守る番だ!」

それをベッドの上で見ていた息子は、ふっと私のほうを見てこう言った。

「お母さん、僕、手術受けるよ、手術受けて病気を治して松井選手みたいなプロオナニー選手になるんだ!」

私はもう、涙で何も見えなかった。

「そうだね、頑張ろうね」

そう言うのが精一杯だった。

「よし、俊夫君も松井選手との約束を守ろう。そして完治したらオナニー練習だな!」

医師がそう言うと息子はニッコリと笑って

大丈夫オナニー練習ならいつもしてるよ! 看護師さんでいつも抜いてたんだから!」

ポークビッツのような男根差し出し、必死でしごいて見せたのだった。その手つきは素人とは思えず、また病人とも思えないほど逞しくて頼もしいものだった。

「こいつは頼もしいや! ははははは!」

いつまでもいつまでも、息子が喘ぐ声と共に医師看護師、そして私の笑い声が病室に響いていた。

―あれから10年、ブラウン管の向こうに我が息子の逞しい男根が映し出されている。そしてそのテレビの横には、あの日松井選手サインしてもらったプロオナニーカードに並んで、息子のプロオナニーカードが寄り添うように置かれている。

  • 途中でやる気を失わず最後まで書いた根性を評価する

  • http://numemob.sakura.ne.jp/050601.php コピペに引っかかるトラバはいても コピペに引っかかるブクマカはいねーよ ・・・いねーよな?

  • 新着とホッテントリだけ読んでトラバは読まないブックマーカーばかりで伝わらないと思いますがコピペです

  • これ書くのに何分かかった?何回読み直して推敲した? で、その労力について、今どう思う?

  • patoっぽい文章だなと思ってたらマジでpatoだったw

  • 偉そうに指摘して本人の投稿だと気づいて逃げてるの笑える

  • どう考えても10年前の作だよね。YAWARAちゃんじゃなくて、今はYOSHIDAちゃん!

  • http://numemob.sakura.ne.jp/050601.php と https://anond.hatelabo.jp/20171208215518 これみたいに同一人物の可能性もあるけどどうなんだろうね

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          • 反応してくれてありがとう。いや、うまくいくとは思っていなくて、散々叩かれたうえで改善を続ければ企画がいい方向に向かうかなと思ってたんだ。反応がまったくないのはさすがに...

        • 該当作なしってことだろ?無視するという反応があったジャン。

          • 反応ありがとう。 うーん、今回は投票され始めたのがだいぶ遅いから、該当作なしの部門が出てしまうかもね。もしそうなったら改めて策を考えてみるよ。 無視するという反応があ...

        • 死ねゴミ

        • 気付いたら期限過ぎてた。無念。

    • 脱糞増田もたのむ

    • ブックマーク数合計の伸びが大きくなってるのは「増田文学100選」 anond:20180617025544 がブクマを2600ほど集めたからなんだな。

    • ブックバカーが大漁に釣れとるなw 増田"文学"なんて読むくらいなら普通に読書しろよ

    • ググれカスの反対の言葉ってなんだろ? え、文学??

      • 「ググれカス」の反対の存在・・・それは、「教えてあげるおじさん」

    • 非常に味わい深い。 家でストロングゼロを飲みながら読むとより一層よい。

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        • とりあえず大企業に立ち向かう反体制っぽい空気に乗っかった意見に便乗することが正義っていうのが16年前のインターネットの流れだったよな それで行き当たりばったりに行動するう...

          • ゼロ年代半ばってネトウヨの勃興期やん。より正確に、その頃のはてなは反体制派だったと言い直すべきでは

    • なんでだろう、加齢のせいかなぁ 理想はhttps://anond.hatelabo.jp/20180617025544の人みたいなキレイな選定ができればいいのだけど。 能力が劣っている つらい とりあえず明らかな文学じゃない...

      • 増田文学とかキショイからやらんで良いぞ キショかったらエントリー消しましたわ

      • 大袈裟に言うと時代が変わったということ と 以前のように熱心に増田を発掘する人もいなくなった ことの影響でしょうか? 面白い増田があっても発掘されなければ、 だんだんと面白い...

      • 何年前から作ってたん?

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