それから紆余曲折あり、母は免許取得のため試験を受けるハメに。
「なるべく早く免許をとって帰ってくるから。それまでは我慢してね」
それまでの間、いつも母と一緒にいた時間は、学童保育に預けられる時間になる。
この時は寂しかったかというと、俺は思春期を迎えて親と一定の距離を保つようになったため、そこまで感傷的にはなっていなかった。
この時期に出来た友達だっているし、俺にとってはそこまで苦痛だったわけでもない。
だが学校に入りたての弟にとってはかなりショックな出来事だった。
そして、その寂しさを紛らわせる行動の犠牲になるのは俺である。
「皆でドッジボールやろう。マスダと弟くんは……じゃあペアで」
この頃の弟は今と違って人見知りが激しく、俺にベッタリだった。
俺が何かしようとするたびに弟は付属品になり、弟が何かしようとすれば俺は付属品にさせられるという状態。
今でも弟が俺にちょくちょく頼るのは、この頃のイメージが残っているせいだろう。
「なあ兄貴。母さんは母さんじゃなくなるの?」
弟が不安を口にしたとき、それを一蹴するのは俺の役目になってしまっていた。
「んなわけねえだろ。そんなことにならないよう、母さんは母さんであるために遠くでがんばってるんだよ」
もし免許がとれなかったら、と。
それは母にとって俺たちが子供であること、俺たちにとって母が母であることが、普遍的でなくなり不変でなくなるかもしれないってことだ。
母も俺たちも何も悪くないのに、何でこんな七面倒くさいことになる。
俺たち家族全員が“親免許”に言いようのない憎悪を持ち始めていた。
ところかわって母のほうでは、親免許取得のためのセミナーが始まっていた。
試験自体はまだ先で、それまではセミナーを受けて予習する必要があったのだ。
「まずはこの映像を観てください」
「まず大事なのは、子供も同じ人間であるという当然の認識を持つこと。ですが子供と大人には、男と女のように明確な差違があることも踏まえ……」
子供なら黙って聞くか茶化すなりできもしたが、大人たちはそうもいかない。
「子供には責任能力がありません。問題が起きた場合、子供が責任を持ちたくても、子供に大人顔負けの知性が備わっていたとしても、周りの大人や組織に責任が発生することを覚悟しておいてください。あなたたち大人側に明確な落ち度がなかったとしてもです。これを理不尽だと思う方には、親免許をあげられません」
母は脳に繋がれたメモリーボードによって何とか抑制できていたものの、そこにいた誰もが真面目なフリをするのに必死だったとか。
「このご時世に子供を生んだり育てようと思っている人に対して、こんな陳腐な内容で大丈夫なのかしら……」
“資格”という概念は、社会における象徴かもしれない。 それがなくても出来るが、ないとやってはいけなかったり、あったほうがハクが付いたりする。 こう考えてみると非合理的な...
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