2017-11-11

ゾウに会った話

昼寝をしていると部屋のインターホンが鳴ったので、amazonで注文していた本がもう届いたのだろうか、と思ってドアを開けるとゾウが立っていた。

私は突然の出来事にとても驚いてしまった。

開ける前にちゃんと覗き穴で誰が来たか確認しておくべきだったと後悔したが、後の祭りなので仕方なく対応することにした。

ゾウならなんとかなるかも知れない、これがトラやライオンだったら大変なことになっていたので、まだマシだと思った。

「何かご用ですか?」

「先週、二階に越してきた者です。少し話がありまして。」

ゾウはそう言うと私の方をじっと見つめた。

シワシワのまぶたに覆われた小さなからはその表情を読み取ることはできなかった。地面に届きそうなダランと伸ばした鼻が時々ヒクヒクと動いていた。

ゾウがアパートに住むという話は聞いたことが無かったが、都会ではよくある事なのかも知れないと思った。

「話って、なんでしょう?」

私はゾウを見上げながら聞いた。ゾウの顔はだいぶ上の方にあるので首が痛くなりそうだった。しかキリンと話すよりはマシだろう。

ゾウは私の問いには答えずに、地面に垂れていた鼻を私の肩越しに部屋の中へ伸ばすと、

台所のまな板の上に放置してあったニンジンの切れ端を掴んで口に運び、ムシャムシャと食べ始めた。

はいきなりの事で驚いてしまった。いくらゾウとはいえ、他人の部屋の物を勝手に食べるのはおかしいと思った。慌てて扉を閉めようとしたが、長い鼻が邪魔で閉める事はできなかった。

ニンジンを食べ終わったゾウはこちらを向いた。

「実は3日前から金欠で、何も食べていないんです。」

「はあ・・・大変ですね」

私は思わず相槌を打ってしまった。

ゾウの体を考えると、3日も何も食べていないのは、かなり辛いのではないかと思った。

それでもいきなり他人の台所のものを食べるのはどうかと思うのだが。

「すいません、とてもお腹が空いていて・・・アフリカにいる親戚がお金を送ってくれたのですが、手違いで一週間後に届くことになってしまったんです。」

ゾウはゆっくりとした口調で言った。

「突然で申し訳ないのですが、ひとつお願いがあるんです・・・

「はあ、なんでしょうか。」

私は何か、相手のペースに呑まれている気がしたが、今さらどうすることもできなかった。

「少しだけでもいいので、お金を貸して欲しいんです。」

お金ですか・・・

見たところ、悪いゾウではないような気がしたが、流石に初対面の動物お金を貸すのは抵抗があった。

ちょっと待ってください、不動産屋に一度確認・・・

私がそう言って、不動産屋に電話をかけようと携帯をとった瞬間、ゾウの鼻が伸び、私が持っていた携帯を取ってしまった。

「少しだけでいいんです。今、財布にどのくらいあります?」

ビックリして固まっている私を尻目に、ゾウはそう言った。

私は、できるだけ平静を保とうと心の中で思いながら、財布の中身を確認した。財布内には一万円札が1枚と、千円札が6枚入っていた。

「いま、これだけしか無いんですけど」

私は努めて普通に言ったつもりだったが、声は少し震えていた。

これで「足りない」とでも言われたらどうなるのだろうと思った。

ゾウの足の大きさなら、私なんかは一足でカエルのように踏み潰されてしまうと思った。

ゾウはお札に目をやると、少し微笑んだ。(少なくとも私にはそのように見えた。)

からお札を受け取ると携帯を私の手に戻し、「お金は必ず返しまから。」

と言って、そのまま悠々と歩いて行ってしまった。

私は少しのあい呆然としていたが、急に気がついて不動産屋に電話をかけた。

不動産屋の人は「先週、二階に引っ越してきた人っていますか?」という私の問いに、困惑したように「そのような人はいないですよ。」と言った。

私は全身の力が抜けるような気がした。

そのあとすぐに警察電話をした。

パトカーで来てくれた警察事情説明していくうちに、私はなぜこんな簡単事件に引っかかってしまったんだろうと情けなくなってしまった。

少し考えると、お金を渡すのはどうしようもない悪手だった気がしてならなかった。

警察は一通り話を聞いたあと、防犯カメラ確認しに不動産屋の方に向かった。

後には私と婦警さんが一人残った。

私は隣に立っている婦警さんに、こういう事件はよくあることなのか聞いた。

婦警さんは少し苦笑いしながら、あまりいたことがないですね。と答えた。

しばらくして不動産から帰ってきた警察官は、「いま防犯カメラ確認したけどね、あれはアジアゾウだよ。アフリカゾウはこの辺りにはいないよ。」と言った。

私は、そういえばアフリカの親戚がどうとか言ってたなと気がついたが、今さら気づいても後の祭りだった。

続けて警察官は私の方を向いて、

あなた田舎から出てきたばかりだから仕方ないかもしれないけど、ここら辺には悪いゾウもいるんだから、気をつけないと駄目ですよ。簡単に扉を開けたりしたら駄目ですよ。わかった?」

と少し強い口調で言った。

空になった財布を手に持ちながら、私は本当にその通りだと思った。

実況検分が終わり、警察が帰ると、私は部屋に一人残された。

私はドアの方を見つめながら、これからはどんな動物が訪ねてきても、まず必ず覗き穴で確認し、チェーンロックをかけたまま対応しようと、固く心に誓った。

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