料理店で金を払うとき、それは何に対する等価交換か、ちゃんと考えたことはあるだろうか。
ほとんどの人は料理や飲み物だと答えると思うし、その認識が別に間違っているってわけじゃない。
だが、この世には様々な価値がある。
俺たちは目の前の単純な価値に気がいって、それらを漠然と享受しがちだ。
その状態の俺たちは、いったい何を値踏みしているのだろうか。
「マスダ、話は変わるけどさ、週末は一緒にランチでもどう? 僕の奢りで」
クラスメートの何気ない誘いだが、俺がその誘いをいぶかしく思うのには理由があった。
タイナイは、俺の知り合いの中で最もリアルとネットが地続きの人間だ。
当然、その言動も紐付いている。
俺はその強固な繋がりを見て、いずれパソコンと融合するんじゃないかと、あらぬ心配をしたこともあった。
そんなタイナイからリアルでの誘いがあるということは、つまり“そういうこと”だ。
遊びの延長線上にランチがあるのではなく、それをわざわざ用事に挙げ、奢りを強調。
しかも昼飯休憩中という、未来の食事予定なんて考える気のない、間の悪いときに。
ここまで懸案要素の材料が揃っていれば、何か裏があると考えるのは当然のことだ。
「タイナイ、お前とはそこそこ長い。ただランチのために誘うような人間ではないことは知っている。明確な目的があるなら、ちゃんと説明しろ。ましてや俺を巻き込むのならな」
「うーん、隠し事はできないか。といっても、わざわざ言うほどのことでもないんだけどね」
「それはお前が決めることじゃない」
「分かったよ。ほら、これが小目的さ」
「それを参考にして店を選ぶってことか?」
「ちょっと違うかな。参考にするんじゃなくて、参考にさせる側さ。僕はこのサイトのレビュアーなんだ。こう見えて、そこそこ知名度ある方なんだよ」
俺から見れば大して意外でもないので何が『こう見えて』なのかは分からないが、話が少しずつ見えてきた。
「今回は複数人で利用したケースでレビューを書こうと思ってね」
「それで俺を誘ったと」
「確かマスダは飲食店でバイト経験あっただろ。その視点から意見が欲しいんだ」
「なるほどな。まあ、お前が奢ってくれるのなら文句はないさ」
「よし、決まりだ。あ、そうそう、出来れば弟くんも誘っておいてくれ。子供目線での意見が欲しい」
このときの俺は、単にタダ飯を食らえる程度にしか考えていなかった。
ロクに分かっちゃいなかったんだ。
同じ世界にいても、俺とタイナイが見えている世界は、同じようで実は違うということに。
≪ 前 そして、当日。 ランチの誘いだったのに、待ち合わせは朝からだった。 「ごめんね、週末の朝早くから。最初の店は朝のみの経営だから、どうしてもこの時間帯からじゃないと...
≪ 前 こうしてタイナイが書きあげたレビューがこれだ。 「竹やぶ焼けた」 口内さんのレビュー 評価:黄色星2つ 「第一印象が覆らない、良くも悪くも予想通りの店」 朝の数時間...
≪ 前 俺はオサカの話を思い出していた。 バイト仲間のオサカは映像コンテンツが大好きで、自前のサイトでレビューもちょくちょくやっている。 そんなオサカにレビューの是非につ...
≪ 前 頭を抱えていると、俺たちに向かって店主が言った。 「食べたのなら席を空けてくれ。次が待っているんだ」 店主が一瞥した方向を見ると、確かに待っている客がいた。 「じ...