知り合いが、自分は創価学会員であるとカムアウトした。それを受けて自分が思ったことを書く。
実は、私も創価学会員である。と言っても親の代から創価っ子な訳では無い。学生時代、創価学会員の異性の友人のつてで入会したのだ。
自分は当時彼以外に友人と呼べるものが居なかった。しかも就職難、苦しい最中。当時、人も傷つけていた。救いたい彼は甘い言葉と学会員のネットワークで勧誘した。自分には「学会に入って自分を不幸にしてしまえ」という感情もあった。最悪なことに彼の恋人と一緒に入会してしまった。
婦人部のみなさんはわたしと彼女に優しかった。人見知りの彼女にはもちろんのこと、田舎者の私に対しても。不本意な入会だったにも関わらず会館の勤行も同時中継もいろいろと行かせて貰った。そのころ池田大作氏はお元気なときで男ばかりの創価グロリア吹奏楽団の漢な演奏も覚えている。そこでは「不幸になりたい自分」は消えた。ただ、理念には自分と相容れないものがあった。
そこに頼れる男子部の先輩がいた。自分はその男性に恋をした。この人と結ばれますように。そしてこう思った。この男性と結ばれなければ学会やめてやる。就職活動も頑張った。勤行もがんばった。けれど、その男性は別の女性と結婚した。就職が決まった瞬間、わたしは学会から逃げることにした。学会用語で言うところ「退転」だ。
で現在。学会と関係なさそうな何人かには創価学会員であることを話している。なぜ、学会員であると言っているかというと学会に辞める旨の手続きをやってないから。どっかの支部に登録されているだろうが、手続きするとまた押しかけてくるんじゃないかと思ってやってない。
自分がカムアウトしてない学会員の同僚とは年賀状のやりとりもあるし、行きつけのお店も学会員がやってるから、バレなければどうってことはない。
創価学会は何の疑念もなく信号を守りそうな奴らだからな。 はてな民的には理想的な宗教と言えるだろう。