先日ついに夫と別れた。嫌な面は山ほどあった。私にもいたらない部分があったんだろう。
高校、大学、社会人と思春期からずっとともに過ごしてきても終わるときはあっけないものだ。
最後の会話は短かった。
「まあ……いろいろありがとな。じゃあ元気で」
それだけ残して夫は玄関を出ていった。
家の片付けはわたしがひとりでやった。台所には灰皿替わりのペットボトルとタバコ、100円ライターが残されたままだった。そういうところが本当に嫌いだった。
でもそんなタバコ一式を見ていたら思い出したことがある。
あれは高校三年の冬休みだった。まだ夫ではなく彼氏という存在だったときのことだ。
その日彼とわたしは渋谷で飲んでいた。そして店を出てふたりでブラブラしているうちになんとなく路地裏のほうへと足を向けていた。
気づくと「空室」のランプがともっているお城が目の前にあり、人目を気にしながらこそこそと入っていった。
ふたりともそういった場所へ足を踏み入れるのは初めてだった。鏡張りの浴室や足を包み込む絨毯より、ベッドの白さがなぜか印象的だったのを覚えている。
わたしは鞄もコートもソファに放り出すと勢いよくベッドの上に乗った。
「ねえ、ねえ、すごい跳ねる。うちのと全然違う」
そんなことを言いながら飛び跳ね、部屋中を見渡していた。彼はソファに腰掛けながらタバコに火をつけ、煙で輪っかを作る練習をしていた。
ふたりとも枕元の避妊具からは意識的に目をそらしていた。わたしたちは無邪気さと冷静さを演出し合うことで、互いに緊張を見破られないようにしていたんだと思う。
そのうち飛び飽きたわたしは彼の隣に腰を下ろし煙を眺めていた。目が合うと、彼はふっと輪っかを私に向けて吐き出してきた。
「うざいし」
私は顔をしかめると鞄から香水を取り出し仕返しとばかりに彼に吹き返した。彼も顔をしかめていた。
ふたりをくるんでいる羽毛布団の中でのことはよく覚えていない。ただ彼の腕の中で眠るのが幸せだったのは確かだった。
翌朝、寒さで目を覚ますと彼はひとりで先に朝食サービスのパンをかじっていた。わたしがベッドから這い出すと
「寒くない?」
と言ってわたしをベッドに押し戻し、布団の上から抱きしめてくれた。そういうところが本当に好きだった。
お城を出たわたしたちは、パン1枚じゃ足りないのでマックに入っていった。わたしがハンバーガーを食べていると彼はまたタバコの輪っかを投げかけてきた。
「うざいし」
わたしは笑いながら顔を背けると香水瓶を掴み彼の鼻先に向けてプッシュした。
煙と香料の入り混じった匂いに包まれながらふたりでけらけらと笑いあった。
書いていて恥ずかしくなるくらい甘ったるい思い出だ。今となってはもう下らない思い出だ。