とある若手俳優の出待ちを、もう三年間している。茶の間の期間を合わせたら、五年をゆうに過ぎた。現場にはすべて通い、プレゼントを山のように渡し、稽古場にも、プライベートな場にも顔を出している。彼の高校時代の友人や、芸能スクールに通っていたときの友人、仲の良い俳優、演出家、プロデューサー、繋がれるものは何でも繋がった。最初は驚いていた彼も、今はもう驚かない。「ああ、お前か」そんな顔でわたしと話す。毎月ある舞台に、稽古場。入り待ち出待ち。少なくとも月に十回以上話すのだから、致し方ないことだろう。
彼は出待ちが嫌いだった。ふつうに話しているくせに、他のファンに申し訳ないという気持ちが強かったらしい。彼女にわたしという出待ちのことを愚痴っているのを聞いたとき、悲しくなったりもした。最初はたくさんいた彼の出待ちは、塩対応に耐えかねて、どんどんいなくなった。
それでもわたしは彼が好きだった。全通し、たくさんのプレゼントを渡し、最前に入り、ファンサを求めた。何度も何度も喧嘩をした。わたしは客なのに、どうして喧嘩をするのか意味がわからなかった。三か月間、入りも出もシカトされたこともある。泣いて、わめいて、理解を求めた。
泣きながら舞台を観て、何も楽しくないまま全通したこともたくさんある。
すべての現場に足を運び、祝い花を出し、プレゼントをしているのはわたしだけだった。わたしは意地になっていた。どうして一番お金を使っているのに優しくしてくれないんだろうか、という自己中な悩みを抱え、暗い気持ちで劇場に行っていた。
それでもわたしは、彼が好きだった。どんなに辛くても、彼の隣を歩きたかった。
朝、彼の姿を見ると世界がきらきらして見えた。どんな人込みの中にいてもわかったし、彼が乗ったタクシーですら感覚でわかった。どんなに遠い稽古場でも行ったし、何時間でも待った。一目見たくて会いたくて、どんな場所でも遠征した。どんなに出番が少なくても、会場にかけつけた。彼が舞台上に立って、輝いているのが大好きだった。どんなに嫌われても、大好きだった。
「どうして?わたししか出待ちいないからそう思うんでしょう?」
「平等?それ、本気で言ってるの?お金使ってる子が偉いのは当たり前じゃない!平等なんて求めてないって何度も言ってるよね?しかも、ちゃんと平等にできているなら、ファンの子揉めたりしてないよ」
彼は押し黙った。彼のファンは全体的にお花畑で、掲示板やツイッターがよく荒れているのは周知の事実だった。わたしは泣いた。それで、その日はおしまいになった。
一か月後、久々の舞台初日で出待ちをした。はじめて稽古場に行かなかったので、本当に久々に彼と話した。彼は喧嘩が嘘のように饒舌だった。わたしは面食らい、訊いた。
「…もう出待ちしていいの?」
「あー…」
「すごいしゃべるからびっくりした」
「俺もいろいろ考えたんだけどさ」
「うん…」
「お前来んなって言っても来るじゃん」
「来るね」
「え…」
「だからいいよ」
「…あのね、わたしも一か月いっぱい考えたの」
「うん」
一か月お互いのことを悩んでいたことに笑った。わたしは嬉しかった。ようやく、言葉が届いたような気がした。喧嘩をしたくないと言われたのも、わたしのことで悩んでくれたのも嬉しかった。
話してもいい日、彼は自らわたしの元へ近寄ってくる。わたしもダメなときに無理やり話しかけることをしなくなった。電話をしていても「ごめん、折り返すわ」と言って切ってくれるようになった。ほかの俳優に断ってわたしと帰ってくれたり、去り際に「さみしい」と言ったら戻ってきてくれたこともある。個人イベントで、同厨の中で息苦しくなったわたしを気にかけてくれた。こっそりファンサをくれることも増えた。仕事のことも教えてくれるようになった。プライベートのことも、向こうから話してくれるようになった。遅刻ぎりぎりで二人で走ったり、迷子になって笑ったり、オタクからのリプライを読んでいないって教えてくれたり、喫煙所で偶然会って笑ったり、たくさんたくさん思い出を作った。
そのたびに好きという感情が溢れた。わたしはどこまでもただのファンで、どこまでもガチ恋だった。
「付き合ってください」、そう、うっかり伝えてしまったことがある。隣にいた彼は驚き、「落ち着け」と言った。「落ち着け、今はまだ無理だ、まだ早い」わたしは驚いた。付き合う気なんかないくせに、なんていう回答をするのだろう。そしてわたしが本気であることも理解している。
クリスマスイブに舞台があった。帰り道、二人でイルミネーションの中を歩いた。わたしは再度告白をした。彼は曖昧に答えをぼかす。きらきらのイルミネーション、隣を歩く愛しい人、単純に泥沼だった。返事は先延ばしにされた。わたしは安堵した。どうしてだろう。
最近、「好き」というと、彼が身構える。わたしはそのたびに悲しくなる。
どんなに関係が深くても、それは変わらない。
でも、それでも、オタクをやめられないだろうな、とも思う。
同厨が知らないたくさんのことを知っているわたし、肯定と承認欲求。嫌になる。
下手に彼が優しいせいで、わたしはガチ恋をやめられない。彼のせいにしないと、わたしは自己を確立できない。不安定だ。付き合いたい付き合いたい付き合いたい付き合いたい。
終わらない。
わたしはどうしたらいいんだろう。
フェイクがないと仮定した上での話だけどさ…… 付き合うならとっくに付き合いがはじまってるよ 彼が肯定しないのは、恋愛対象として増田に興味がないからだ 彼は俳優だからあなた...
http://anond.hatelabo.jp/20170403231642 いやー怖い。とても怖い。話が通じない人ってこういう思考なんだなと背筋が凍る想いだ。 夏には一足早いものの、この暑さなのでいい納涼になった。 俳...