2016-12-14

私が、今一番書きたいのは、自分に対しての手紙なのかもしれない。

ここ2日ばかりひたすら活字を追いかけてすごした。

活字を見続けるとどんどん思考が狭まられていく。

私の中にあるはずの自分言葉ってヤツを探し続ける。

それは誰の目から見ても歪で理解不能で人前にさらせないモノのなので、

私の潜在意識は蓋を固く閉じる。

だが、そんな歪な自分を傍において、様々な角度から照明を当てて

感銘したい悪趣味自分がいる。

過去SNSというこの時代の発信方を通して様々な人間と関わってきた。

それぞれが光を一切見失いそうな闇を隠し持って当たり前のように生きていた。

何処で何をしているのかも、名前すら知らない相手から

『 お前も人殺しなのか?』と問われることもあれば

親に捨てられた過去に縛られ、妻子と家族団らんの時間が辛くて耐えられないのだと、

大方、一般人間には理解できない苦しみを訴えてきている人物もいた。

嘘か真実か知る由もないが、明らかにそういった闇をかかえた人間はこの世に五万といるだろう。

誰もが人に言えない秘密を幾つか胸の内に抱え

それを隠すことは何よりも大切な生きる上での処世術であるがゆえに

隠す技術を磨くことばかり、巧みになっていく。

それでも、薄汚れて懸命に何かを掴もうとしていた愚かな自分を受け入れて

常に傍らに置きたい。

そう思えるのは、SNSで今まで関わってきた男達のおかげだ。

儚い関わりの中で人生の奥底を覗かせてくれた。

人が一生の中で手にできる事は限られている。

太陽と月の現象でもわかるように、光と影は常に一つだ。

光が欲しくて、闇に手を伸ばす人間の弱さを私はもう笑うことは出来ない。

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