監督はこう言いきった。
「糞を食わせるしかないんですよ。みんなそれが好きなんです。」
血走った目の監督は古いオタク特有の捲し立てるような喋り方で僕に詰め寄った。
僕は映画制作会社で働くアシスタントディレクター。言うなれば奴隷だ。粗末な食事と過酷な労働。今日も現場の指揮を高めるため、味噌汁を作る。ちなみに費用は自前だ。僕はそのぐらい映像に本気なのだ。
「適当に謎を散りばめて、思わせ振りなカットを挿入して、自分の好きなもののパロディで埋めれば映画なんて簡単です。ははははっ。」
「はぁ。」
僕は味噌汁をかき混ぜながら生返事をした。このヒゲモジャの監督は新進気鋭のアニメ映像監督。というにはもう旬をすぎているが極々一部の層にカルト的に支持を得ている今どきの日本では珍しい存在だ。僕は形だけ丁寧に接していた。そうしたら妙になつかれてしまったのだ。
「だからアニメの撮り方と映画の撮り方を分けすぎるから駄目なんです。だからうんぬんかんぬん。」
僕はだんだんイライラしてきて我慢出来なくなりその監督に煮えたぎった味噌汁をぶちまけた。あたりに仙台味噌の良い薫りが漂う。僕は宮城県出身なのだ。すると監督はまるで巨大な生物兵器であるかのように咆哮をあげてあたりを破壊しだした。泣きながらである。僕は怖くなってしまった。
するとどうだろう。急に怒りが止んだかと思うとピクリとも動かなくなってしまった。
「ふぅ~…!ふうぅぅ~…!」
よく聞くとどうやらまだ生きているようだ。自己愛性憤怒という奴だろうか。味噌汁を作りすぎて飲むもの飲むもの水さえも味噌味しかしなかった時に駅前のメンタルクリニックの先生に聞いた言葉だ。
騒ぎを聞き付けた他の奴隷がかけつけた。
「んんん!!」
かと思うと動かなかった監督が急に動いて彼らをはねのけた。どうやら近づくものは無差別に迎撃するようだ。なんて恐ろしい。
味噌汁をかけてしまったのは僕である僕にがなんとかしなくちゃいけない。急いで残った味噌汁をよそって監督に静かに近づき、後ろから無理矢理味噌汁を捩じ込んだ。どうだ。現場の苦労がわかったか。僕の目尻には何故か涙が浮かんでいた。
「う、うまい…」
そういって監督の目から涙が流れたかと思うとまた動かなくなってしまった。
いつか動きだすかもしれない。だが僕達はやりきったのだ。
感動の嵐が現場に吹き荒れるなか
「さっさと完結させてから別の事やれよ…」
という声がどこからともなく聞こえて、消えた。