2016-05-03

デカルトはどのようにして 「私」といつ存在を真っ先に疑い得ないものとして見つけ出すか?

我々に送り込んでいると見なして差し支えないしま・・・

デカルトはどのようにして 「私」といつ存在を真っ先に疑い得ないものとして見つけ出すか?またその場合の私とは?

一人部屋に閉じこもり思考実験

つの根拠に基づいてすべてを疑う

その結果「何ら確実なものはないということだけが確実」という自己矛盾結論を行きつきかける。その瞬間、こうした自己矛盾結論の作り主として「私」が必要だと考え、「私」という存在デカルト確信

私 考えるもの 認識能力意志する能力

精神

身体

⇒こうしたデカルト的な私の捉え方に対しては、精神分析立場から批判可能

フロイト 1856ー1939の精神

分析における人間の心の構造分析のもとに可能となるデカルト批判

1900判断 意識→内的・外的知覚を行う心の層

意識→ある時点では意識されていないが、それに向け思い出すことのできる心的内容の存在する心の層

無意識→どんなに意識化を試みても意識化出来ない抑圧された心的内容が存在する心の層

人間の心

1920年以降)さらに別の図式をフロイトは追加採用

エス

esit エス人間の心における純粋本能的・無意識的部分。専ら快感原則に従い。※現実原則無視する。

快感原則快感の追求を最優先する原則

現実原則現実をふまえ、快感追求を一時断念したりすることを求める原則

自我・・エス意図を満たそうとすると同時に、エス意図をみたそう

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