親に愛されていないことを知った。昔から愛がなかったのか、それとも今になって愛がなくなったのか、それは分からない。しかし、両親は問題に直面する勇気はなかった。
優等生の私、劣等生の姉。勉強ができな姉を虐待する父。虐待されている姉を救わずに仕事に打ち込む母。
父は、姉が勉強できないことを理解せず、ひたすら怒り、わめき、叩いた。母は、その場は止めたりしたが、父親と真剣に向き合って、父親の態度を改めさせようとしなかった。
母は離婚するのが怖かったのではないかと思う。世間体や収入を失うから。
姉は学習障害だったのだと思う。父や母が姉に丁寧に勉強を教えていた記憶はない。個別指導塾に丸投げして、親は最善を果たしている気になっていたのだろう。
私は、姉のようにならないようにして育った。幸いなことに勉強はできたので、一人暮らしをしないといけない遠方の大学に入学。その後、遠方で就職。実家のことはさほど意識せずに過ごした。
それから10年以上が過ぎ、妻の指摘で、姉を抱え込むことが、我々夫婦ならび私の子供にどれくらい負担になるかを知る。そこで、親に直面してみたが、現状何もせず逃げることしか考えていない。逃げることとは、後の世代に責任を押し付けること。
国歌レベルの無責任はいいよ。だって国は変えられるから。でも家族レベルの無責任されても、家族は変えられないんだよね。
可哀そうだった姉は、統合失調症という病気をかさに着て、義務から逃れて権利だけ主張するモンスターになっていた。
暴力父は、表面上は改善したかに見えて、実はこけ脅しで周囲を威圧して会話が成立しない性格はかわっていなかった。
一番まともと思われていた母は、責任逃れの最右翼。今日良ければそれでいい、という享楽的な性格が露呈。
色々やりとりをした後で、私はある覚悟をもって母に電話した。しかし、責任逃れ、責任の先送り、厳しい現実に直面しないを繰り返すのみ。子供に愛情があれば、そんなことは言わないよね、そんな言い方はしないよね、という発言を繰り返す。
そう、私には頼れる両親も兄弟もいないだ、ということを改めて知った。
昨日電話が終わった時には、特に怒りはなかったが、今日になって、他の人にお互いの家庭の話を小出しにしたところ、かなりのハードモードであることが判明。そして怒りがふつふつとこみあげてきた。
怒りと悲しさがないまぜになった血の煮こごり風味。
そんな家族がいるにも関わらず、その問題の大きさを認識すらしないで子供作るとこまで行っちゃってるのが理解不能っていうか頭回ってなさすぎではって思う。
自分の家庭を作るのは勝手でしょ。認識しようがするまいが、なんでバカ親たちのために自分が100%尽くさなきゃいかんのよ。
一番まともと思われていた母は、責任逃れの最右翼。今日良ければそれでいい、という享楽的な性格が露呈。 増田は間違いなく母親の血を濃く引いてるね。 今更「姉を抱え込むことが...