自分のカラダに自信があるって、いいことだと思う。オトコノコであろうとオンナノコであろうと。
肉体美って言うの? そういうの、私は全然自信ないから。ほんと、他人様に見せられるようなもんじゃないってわかってるから。だから自分のカラダを誰かに見せてもいいって思えるのは、すごいことだと思うの。
でもさ、せめて特定の相手、たとえば恋人限定とかにしとこうよ。
友人のYに「脱いでもいいかな」って言われた時、思った。
Y「あのさ。脱いでもいいかな」
私「? 着替えるの? どーぞ」
漫画(JOJOの第3部。エジプト、行ってみたいな)を読み耽っていた私は、どっこいしょと身体の向きを変えてYに背を向ける。
Y「じゃなくて……違うんだ」
私「?」
Y「俺のカラダを、見て欲しい」
今、何て?
今、何て?
パードゥン??
えっと、ここあなたの家ですよね。ストリップクラブとかじゃないですよね。
あと私、あなたの友達ですよね。純粋な。彼女どころかセフレでもなく、至極ピュアでノーマルなフレンドですよね。
あなたの裸体を、私に拝めと?
何で私だよとかいろいろ思うことはあったよ、そりゃ。見てどうしろっつーんだとか。それって楽しいのか、とか。
でもYが「楽しいかどうかはやったことがないからわからない。けど、やってみたい」と堂々と言い放つので、仕方が無い。私も付き合ってみることにした。
まずパーカーを脱ぐ。ネイビーの、ごく普通の、多分ユニクロの。
もはやこの時点で動きがじれったい。つーかねちっこい。いやいやパーカーくらいスルッと脱げやと思うのね、別にそこに性的ニュアンスをめいっぱい含めなくてもいいじゃんかと。
でももう始まってる、と言うか、何かスイッチ入ってる。多分、マゾヒストのスイッチが。
見られることって快感なんだろうか。Yの頬がほんのり赤くて見てるこっちが恥ずかしい。あれっもしかしてコレ私が辱められてるの?
さて次は、どっちだろうと思った。
正直どっちが先でも嫌だ。正直心の準備ができてない。って言うか別にあと何時間待ってもそんな心の準備はできそうにない。
うわぁどっちだ、どっちなんだと心臓が喚く。
Yの両手は迷っているのか、お腹あたりのTシャツをきゅっと握りしめている。
「どっちが、先がいい?」とは、言われなかった。言われなかったけど、目が言ってた。
無言で動揺している私を見透かしたように、挑発する目付きだった。
Yの手が動く。
水色のTシャツの裾を交差した手で掴み、こう、昔の体操着を脱ぐ時の要領で脱いでいく(あれだと服が裏表逆になるから、脱いだ後面倒なんだよね)。
緩慢な腕の動き。腰が見える、おへそが見える、うっすらと腹筋が見える、薄い皮の下の肋骨が見える、脇毛が見える、二の腕が見える。
下から順番に眺めていたら、もう脱いでた。
ぱっと、指を開く。
水色の布が、ぱさっと音を立ててフローリングの床に落ちる。その音が、やけに大きい。
多分、無意識で息を止めてた。
ふと浅く溜め息が漏れて、慌てて口を閉じた。
こっちを見ないで脱いでたYが、そんな私に気付いてちらりと視線を寄越す。
一瞬だけ、笑う。
あー、楽しそうだなこいつ、と悔しくなる。まぁ、Yが楽しんでるんなら、いいけど。
外ではベルトを付けるけど、家では苦しいから付けない派のYは、今度はジーンズのボタンに指をかける。
銀色のボタンは、触るだけでカチャリと小さく音がする(酷く性的な音に聞こえるのが腹立たしい)。
ゆっくり、丁寧に外す。
今度はジッパーに手をかける。
親指と人差し指でジッパーの先っちょをつまんで、チチチチ……と開いていく。
うわぁあああ聞きたくない聞きたくない! 恥ずかしさで顔を覆ってしまいたい! 耳栓! ギブミー耳栓!!
それから。ジーンズ素材ってね、多分、摩擦係数大きいんですよ。
こすれるの。肌と。
衣擦れの音が半端じゃない。
「あーコレあかん音ー情事の音だよージョージのサウンドですよコレはー」って頭の中で馬鹿っぽく呟いてみても気を紛らわせないくらい、やっぱえっちぃの。音が。
何と表現したらいいかわかんないから、皆さんお持ちのジーンズを脱いだりして気分だけでも味わってください。
座ったまま、途中腰を少しだけ浮かして、ジーンズを脱ぎ取る。そっちは結構乱暴にぽいっとベッドの上に放り投げてた。
後、何が残ってるって?
正解! パンツでーす!
ブリーフ派とトランクス派? 男同士の派閥のことなんて、わたくし存じ上げません。ともあれYが着用してたのは、黒が基調のトランクスでした。
でもね、ぴったり密着してない方のトランクスでもね、わかるの。
勃起してやがるなって。
目算で、私とYの距離、1.5メートル。そう近いわけでもないし、細部をまじまじと見れる距離ではない。
あーどうしよ。これどうしよ。どう収拾付ければいいの。
脱いだら着ればいいじゃない! 時を巻き戻せ! ほらほら一人でお着替えできるかなー? まずはYくんがポイしちゃったジーパンをねー、んしょんしょって履いてみよっかー。
ごめんこれ以上は無理です私がパンクします、って言いかけたその時。
Y「ごめん、ちょい無理」
え?
と、Yを見れば、何か涙目で、でもこの上なく嬉しそうな、いやむしろ恍惚とした表情みたいな、あんた何その顔、って思ったら。
Yはダッシュでお風呂場に駆け込んでいった。
え、ちょ、Y? Yさん? 何事?
急展開に頭がついていかない。混乱して立ち上がりかけた私の耳に、聞こえてくる微かな声。
押し殺した声が、それでもお風呂場という反響しやすい空間のせいで漏れてくる。オォウ兄さん艶っぽい声出しやがって……そんなに辛抱たまらんかったのかい……?
なーんて下衆な部分が反応するけど、ものすっごくホッとしてた。終わった。あの呼吸すらままならない張り詰めた緊張の糸が、切れた。
数分後、Yは満足そうな笑みを浮かべて戻ってきた。パンツ一丁で。
脱いだ時のまどろっこさは何だったんだってくらい事務的に、スピーディに服を着ていく。
すっかり元通りのYに、「どうだった?」とにんまり笑いながら訊かれる。
「……淫猥」とかろうじてコメントを出すと、その響きが気に入ったのか、その日はずっと「いんわい。いんわいかー」と繰り返し口にして御満悦だった。