2014-12-15

いじめる側にも原因がある

いじめ問題について語る時「いじめられる側に原因がある」のか、「いじめる側が悪い」のか、という2択の声がよく上がる。

しかし、だ。何故いじめられる側には「原因」を追求しようとするのに、いじめる側は「善悪」のみで話が終わってしまうのか。

あえて行動を起こしているからには、いじめっ子にとって何かそれだけの原因、メリットがあるはずなのだ

以下は私が推測するメリットである。おそらくは単一、もしくは複数メリットを求めていじめは起こる。

1.いじめ自体が娯楽として成立している

罰ゲームを見るのが楽しいのと原理は一緒か?

誰かを苦しめる、ということが目的であるため、「いじめられる側の原因」は関係がない

2.攻撃をすることでストレスが解消できる

他者攻撃しなければ発散できないストレスを抱えている時点で問題がある

ストレス発散が目的であるので「いじめられる側の原因」を解消しても他に原因を探すだけ

3.いじめる側に立つことで、いじめられるリスクを減らす

いじめなければいじめられるのでは、という恐怖を持たせてしま環境問題がある

いじめられるのが自分以外の誰かであれば構わないので「いじめられる側の原因」は関係がない

4.相手を攻撃することで自分の優位性を確認

→相手を攻撃しなければ自分を認められない程、自己肯定力が弱い可能性がある

攻撃することが目的であるため、「いじめられる側の原因」は関係ない

5.不愉快な相手を自分世界から消すことができる

不愉快な相手に対する、適切な対処方法が身についていない

いじめられる側の原因」が直接的な問題ではあるのだが、私刑であり、社会的ルールに反する

6.無自覚。相手が嫌がっていることにすら気づいていない

→お互いのコミュニケーション能力不足。

以上のことから、「いじめられる側の原因」を解消しても、いじめはなくならないだろう。

いじめられる側の原因」とはつまりいじめられる側の悪い点」であり、これを認めてしまうなら「悪い点」が発生した時点でいじめられるリスクができる。

いじめを行う」ということを単純に「悪」断罪するなら、それは紛れもなくいじめた側の「悪い点」であり、いじめられるリスクができる。

いじめられるリスクが起きれば、自分以外のスケープゴートが欲しくなり、誰かを必死悪者にする。

いじめだけには限らない。

結局、全員歪んでいるのではなかろうか。

  • いじめられる側にも原因があるってのは標的になる原因だ。 それは相手がどんな原因を持っていようが関係ない。 いじめは当然悪だが必ず起きる。 原因をなくすことでいじめがなくな...

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