2014-09-04

着任

 その黒い乗用車は、がらんどうとした海沿いの道をひた走っていた。

 運転席には、がたいのいい黒いスーツを着た男が、無表情にハンドルを握りしめている。

 後部座席には、髭を蓄えた壮年の男と、白い軍服を着た若い男。

 若い方の男は、緊張を隠すことすら忘れたように、チラチラと横目に髭の男の様子をうかがっている。その視線に気づいていないのか、それとも気づかぬ振りをしているのか、髭の男は無言を貫いていた。

「あと30分ほどで到着いたします」

 運転席の男が、無愛想に告げた。

 それを受けて、髭の男は胸ポケットから懐中時計を取り出した。時計は十六時を間もなく指し示そうとしていた。

「ふむ」

 時計をしばし眺めて、物思いにふけたあと、髭の男は懐中時計しまい込んだ。両腕を組み、また視線前座席に向ける。

 そのしぐさを、軍服の男はただずっと視線だけで追い続けていた。

「君は少し余裕を持ったほうがよいな」

 髭の男は前座席に顔を向けたまま、口元に笑みを浮かべながら言った。

「緊張するのもわかるが、士官たるもの部下になめられてはいかん」

「は、申し訳ありません」

 軍服の男は、そこで自分視線が気づかれていたと知り、視線を前に戻して背筋を伸ばした。

「構わんよ、君もじきになれてくるだろう。もっとも、あそこは軍施設というより、学校のような雰囲気だがね」

学校、ですか」

「うら若き乙女たちに囲まれて羨ましいなんてことを言う連中もいるがね。君も女学校教員になったつもりで、鼻の下を伸ばしてくれても構わんよ」

「いえ、私は……」

 軍服の男はさらに背筋を伸ばしていた。

もっとも」

 髭の男が、言葉を選んでいる軍服の男のそれを遮った。

もっとも、彼女らを苛烈戦地に送り込むのが、君の仕事になるが」

 髭の男は、冷たい声で言い放った。

彼女らは、人であって人ではない。あまり、情を掛けすぎんようにな」

「人ではない、ですか」

彼女らが艤装をつけている間は、あくま兵器として扱ってやれ。彼女らは、敵を殲滅することだけを目標に、強靭な精神と肉体を手に入れたのだ。それを尊重してやるのも、士官としての役割だと思わんかね」

 いつしか、髭の男からは笑みが消えていた。

「……私は、私の仕事を全うするのみです」

「うむ、それでいい」

「ですが」

 と、初めて軍服の男は、顔を髭の男に向けた。

「ですが、私は、彼女らをただの兵器として扱うつもりはありません。彼女らにも、いつかまた、普通乙女として過ごせるように、そのために、仲間として戦う気持ちです」

 男の声は震えていたが、自分の信念として譲れない部分をどうしても伝えたい、そんな気持ちだった。おそらく、この機を逃しては、もう上層部にこれを伝えることはあるまい。

「そうか」

はい。私は、彼女らにも生きて欲しいのです。誰ひとり、死なせるつもりはありません」

 髭の男は、相変わらず前を向いたままだ。

彼女らを活かすも殺すも君次第だ。彼女らだけでない。設備資源、人員、すべての運用は君に全権が任せられている。もちろんそれは、君にすべての責任が掛かるということも意味している。ここに来る前に、君には彼女らのこと、敵のこと、世界のこと、すべての説明があったろう。時に、世界を守るため、彼女らを『犠牲』にしなくてはならないことが必ず起きる。情が入れば、その決断が時に周りや、自分自身を大きく傷つけることになる。作戦に支障が出たとき、それは、君が上にとって好ましくない行動を取っていることを、どうか理解してくれよ。君の仕事には、君の私情は一切反映出来ないことを、努々忘れぬようにしてくれ」

 そして、最後にこう付け加えた。

「どうか世界を、彼女らを、たのむ」


 車が、目的である建物の前に停まった。

 運転手の男にドアを開けられ、軍服の男は腰を滑らすようにして、車から降りた。

 建物の前には、セーラー服を着た少女が気をつけの姿勢で立っていた。

 男が彼女を視界に捉えた。

 どう見ても、中学生高校生くらいの少女が、そこに立っている。

 この少女とともに戦うことになるのだ。

 話こそきいていたが、目の当たりにすると、どうしても戸惑いが生まれてくる。

 男が言葉に迷って少女を眺めていると、彼女敬礼ポーズをとり、恭しく口を開いた。

司令官、ようこそ鎮守府へおこしくださいました」

 後から車を降りた髭の男が、その様子を可笑しそうに眺めていた。

「やあ、吹雪。久しぶりだな」

閣下お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 吹雪は満面の笑みで、髭の男に敬礼を向けた。

「ここではなんですし、中へどうぞ。お茶をご用意します」

「いや、それには及ばんよ。生憎だが、すぐ東京に戻らないといけないのでね」

 そういって、軍服の男に一瞥を向けた。

「見ての通りの堅物だが、よろしくやってくれ。それじゃあ、あとは頼んだよ」

はい、お気をつけて!」

 髭の男は、軍服の男の方にポン、と手を置いて、すぐに自動車の中に戻って行った。程なくして、車はエンジン音とともに敷地から姿を消した。

「どうかしましたか?」

 その声の方を見れば、吹雪不思議そうな顔で軍服の男の顔を見上げている。

「い、いや、すまない。どうぞよろしく頼む」

「それでは、早速鎮守府の中をご案内しましょうか」

「いや、中は時間のあるときにゆっくり見て回るよ。それより、早速だが、司令室に案内してくれないか。現在の状況と、本部から作戦伝令を確認したい」

かしこまりました。それではどうぞこちらへ」

 二人は並んで、建物の中へ入って行く。

 入り口ロビーに入ると、吹雪建物中に響き渡るよう、大きな声を張り上げた。






提督鎮守府に着任しました!」

  • 短編は筆力や内容がよっぽど優れているんでもなければタイトルとオチで半分かそれ以上に出来が決まっちゃうんよ。 ムダに長かったり捻ったりしてないから減点されるようなタイトル...

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