賢者タイム時は射精後にホルモンによって男性の性欲が抑えられる事によって出現する悟りの時である。
人によってはこの時に罪悪感、後悔といったものを感じる者もいる。
それはおそらく社会的なものが作用していると思われるのだが、それでもこの社会的作用を取り除いたときに残る罪悪感は存在しないのだろうか。
ありうるとしたらそれこそが原罪の一つであるのかもしれない。
この8月だけでも数件の「転職しました」系のエントリがはてブを賑わしている.
SIerから抜け出したいというエントリも過去何件もあり, 直近では抜け出したあと1年後の報告がとても興味深かった.
http://b.hatena.ne.jp/entry/arvelt.hatenablog.com/entry/2014/08/01/121813
俺は今年30歳になる.
入社後は首都圏で受託開発を5年ほどやって, この春から客先常駐で働いている.
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/701166
このあたりの話も経験したし, 「バージョン管理がー」とか「アイイーロクガー」みたいな話も経験した.
そうして20代も終わりに近づき「今後自分がどうやって生きていいか」を最近悩んでいる.
俺は, いわゆるはてブに出てくる「SIerの仕事がつらくて, もっと技術をやりたくて, 家でコードを書いて...」というタイプとは違う.
技術を追いかけるのは好きだが, 休日にコードはそれほど書かない. また, 自分がコードを読んだり書いたりする能力に劣っていることも自覚している.
そんな自分が, 他の人みたいに技術を追いかけてWeb系に転職できるとも思わないし, 万が一できても上手くいくとは思えない.
また, 「自分はこれがやりたい, だから進路をこう進めたい」という意思がないことが一番の問題である.
技術が好きでそれをやりたいのであれば, 休日に自己研鑽して身につけてそれを使える場所に飛び立つことも不可能ではない.
だが, そもそも自分には「これがやりたい」ということがないのだ.
でも, 「本当に技術職として, 日々技術を身につけていきたいか」と言われたら, そうでもない.
休日は遊びに行ったり, ゲームしたりして過ごすほうが楽しい.
そもそも, これまで自分はなんとなくで流されながら生きてきて,
みんなが進学するから進学して, 就職したくないから大学院までいって,
なんとなくで地元のSIerに就職して, 与えられた仕事をこなしてきた.
もちろん, 惰性で仕事をこなしてきたわけではなく, 現場を改善して仕事はしてきたつもりだが,
主体的に「これがやりたい」と思ってやってきたこと, というのがあまりなかった.
そんな俺だが, さすがにそろそろSIerの環境にも閉塞感を感じていてこのままではいいのかと思うことも多い.
ただ, そんななかで自分が何をできるかと言われたらそれもわからないし, 何かを変えられるほど社内で偉いわけでもない.
今後, 俺はこの先どうすれバインダー...
なんだかコメントが支配的で断定的で怖い。
「この俺が唯一の正解、俺に従ってればいい」っていう圧迫感があって、身近にこんな人がいたら近づきたくない。
ちょっとでも弱みを見せたらすぐに説教されそうで、高校時代の竹刀持ったウザい体育教師を思い出す。
足るを知る者は富むってやつだと思いますよ。
ジャンクな情報、ジャンクなエンターテイメント、ジャンクな技術革新。
僕はもうお腹いっぱいです。
佐世保市の高1同級生殺害事件は、なんというかね。精神科医の責任も大きいと思うわ。
明らかにいっちゃってるでしょう。専門の施設にいれないとどうしようもないと思うわ。
児童相談所に相談じゃなく、措置入院のための通報が必要だろう。
8年ほどあちこち転勤して4月に地元に帰ってきて色々な人と飲んだり遊んだりしていて「PCいらないよな、スマホあれば充分」って言われて
ふと気がついた、この4ヶ月で~~で充分って一日数回必ず聞いてるな、と。
イオンで充分、ユニクロで充分、アマゾンで充分、地元で充分、家族で充分、ファミレスで充分、軽自動車~~~等など上げてたらキリがない
転勤族だったので地方都市や田舎に行く度に聞いてたがそんなに親しい人がいるわけでもなかったので頻度は少なかった
ただこっちに帰ってきて老若男女必ずこれで充分と言ってるし、TwitterやFacebookでも一日に一度は必ず目にする
2chやはてなでも都会VS田舎問題になると必ず田舎側の人は充分って必ず言ってる
これがマイルドヤンキーか?と思ってそれとなく言ってみたら違うらしく凄い怒られた。
確かに田舎にはなんにもない、選択肢のあるマーケットやおしゃれな服屋、目で見て触って違いを楽しむウィンドウショッピングも出来ない、お洒落なカフェもなければ
人も少ない、向上心ある人は皆都会へ出て行った。
この充分っていうのを聞くと昔海外放浪しに行こうとすると「海外なんてなんで行くの?危険じゃん」って言われたのを思い出す
物やお金だけではなく精神的な貧しさを感じてしまうんだけど、まぁどうしようもないわな
ただ何となくだけど凄い悲しい。
1990年に発売された『F‐ZERO』は、単なるレーシングゲーム以上の意味を持っていた。
まぁいきなり端的にいえば、「ローンチソフト」としての役割を持たされていたのだ。
スーパーファミコンではこんなことができる、こんなグラフィックでできる、こんなサウンドを出せる…
レーシングゲームというジャンルにおいてこうした技術を示す重要な任務を与えられていたのが『F‐ZERO』だった。
アクションでは勿論、『スーパーマリオワールド』がこれを担当していた。
結果的にいえば『F‐ZERO』は「ローンチソフト」としての役割を十二分に果たしたと言えるだろう。
SFC、この新しいゲーム機でできることを象徴的にあらわしたのだ。
今改めて『F-ZERO』をプレイすると、ゲーム自体はシンプルであったと気付かされる。
しかし『F-ZERO』は、述べてきたような歴史的な意味を持っている。
すなわち、SFCという家庭用ゲーム機における偉大な歴史の1ページに、直に関わる存在であるのだ。
ただの古臭い24年前のゲーム、という評価に逢着しない、『F-ZERO』の色あせない部分がここにはあるのだ。
2003年に『F-ZERO GX』が登場の後、F-ZEROシリーズの続編はまだない。
これは述べてきたこととの逆の現象が起こっているからに他ならないだろう。
つまり、この時期からレーシングゲームの劇的な進化・進歩が起こっていないのではないだろうか。
3D化を果たし、グラフィックも進化した。しかし、ゲームの歴史を揺るがすような劇的な進歩がここ10年ほどはレーシングゲームで起こっていないのではないだろうか。
いずれ劇的な進歩が再び起こることがあるだろう。
法事の度に、向こうの実家のしきたりがどうやとかお供えがどうやとかで揉めて、
ほんとうにうっとうしくて死にたくなる。
死にたいっつうか故人を偲ぶとかそんなんが全部ぶっとんで悲しくなるしもう勝手にせいやと思う。
お葬式が終わってから、幾日も経たないうちに私をそんなこと(香典の額の折り合いなど)で何時間も罵倒した夫を
わたしはいっしょうゆるさん。
世間体とか自分が嘗められたくないとか立場とかそんなことばっかで私の気持ちなんか知らんくせによう言うたな
ほんとによう言うたな。
この場合はいくら包むのがいいのか、多すぎても少なすぎても駄目、こんなんで疲弊するのは間違ってる。
もういや!!!
大学受験に失敗して、周りからとやかく言われながら新幹線に乗ったっけ。
泣きながら東京に向かったよ。
まわりのレベルが低すぎで、授業楽勝だったのを覚えてる。
あんなに尖らないで、みんなと仲良くしとけばよかったな。
あっという間に就活で、最初は「個人事業主で独立すればいいや」
本当はもっとできるつもりだったんだけど、
今頃はスーパー営業マンになっている予定だったんだけど、
そろそろ見切りのタイミングなのかな。
次行こう、次に。
正論。
正しいが故にその暴力性は非常に高い。
「自分がやると言ったことを守るのは当然だ」
分かるよ、分かってるんだよ。
どれだけ割り込みが入ろうがそれを見越して見積もりを取るべきだ、ってのも分かる。
仕事が終わらず会社で寝泊まりしてようが体調管理は社会人として常識、って言われるのも分かる。
分かってるんだよ。
見積もりを取ろうにもまずどんなフローが必要なのか把握しきれてないんですよ。
ほんとに、すごく、自分なりに頑張ってるつもりだしそれなりの結果は出してるとも思ってるんですよ。