子への苛立ちは断ち切れるか?――母が子を正論で追い込む : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-
http://mamapicks.jp/archives/52155621.html
↑こういう記事を読むと、「正論」という言葉にはすっかりネガティブな意味合いが含まれるようになってしまったと思う。
そんな世知辛い世の中にはびこる正論大好き人間と、正論大好き人間に苦しめられている人たちに聞いてほしい一言がある。
「言っている内容の正しさと、やっている内容の正しさは別。」
正論は読んで字のごとく、言っている内容の正しさしか保証しない。
正論の正しさと、正論を振りかざして相手を追い詰めることの正しくなさは、全く矛盾しない。
それでもなぜか「正論だから抵抗できない…」と、雨に打たれた子猫モードになる人が多すぎる。
あんまりにも正論大好き人間の大演説が続く時は、以下のテンプレで訊ねると黙る。
「確かに言ってることは正しいけど、○○することも正しいと思ってる?」
(例:確かにキミの言うことは正しいけど、正論正論で逃げ道塞いで彼女を追い詰めることも正しいと思ってる?)
訊ねるのがポイント。
なぜなら正論大好き人間は、正論を語りたいのと同じくらい「間違ったことを言いたくない」という状態に陥っているから。
この質問にNOと答えればそれまでの大演説を否定する(=今まで自分は間違っていたと認める)ことになるし、
YESとはそもそも答えられない(明らかにそれは「間違ったこと」だから)。よって、黙る。
別に正論厨とバトルしろと言ってる訳ではない。論点すり替え厨にランクアップされたら困るし。
ただ、「言っている内容の正しさと、やっている内容の正しさは別。」
それ全然説得できてないじゃんwww
なぜウェブエンジニアという生き物は浮気をするのか、モテるのか
そういった根幹的な話は後日に置いておくとして
まずは一刻も早くクソウェブエンジニアを殺害するのが先決ですね
ウェブエンジニアの元カレを殺す手法をわかりやすく解説したいと思います
是非、日々の生活にお役立てください
それでは一つずつ見ていきましょう
付き合うディレクターはなんでもいいです
小さなプロジェクトでコアなスクラムを回すようなディレクターは、
なまじエンジニアより技術に詳しかったりフルスタックだったりしますし
チャラい見た目でズンズン推進するディレクターはエンジニアの最も苦手とする人種です
ほとんどのエンジニアはなんだかよくわからない敗北感で溶けて死にます
デメリットとしてはディレクターもエンジニアとどっこいどっこいのクズさ加減なので
2. 元カレの同僚と寝る
モメます
一説によれば開発チーム解散の原因の9割は女絡みだと言われており
野生のウェブエンジニアの目の前にC++と女の子を並べた所、10割のウェブエンジニアが女の子を選んだという研究結果から
基本的にウェブエンジニアはコードより女の子に真剣だと言えるでしょう
狙うのはルビーストが望ましいです
常に他の開発者に対して劣等感と嫉妬のフラストレーションに苛まれており
後はモメにモメた後プロジェクトは解散、頃合いを見計らってルビーストを捨てれば完璧です
しかしルビーストは基本的にブサイクで空気が読めず指の動きがなんか気持ち悪いので、ストーカーに発展する危険性が高い点だけに注意が必要です
これはエグい
捨てたエンジニア⇔捨てられた女
という構図から一転
捨てられたエンジニア⇔乗り換えた尻軽女
ただエンジニアは成功すればするほどモテるので、また捨てられる確率が非常に高く
より有名なエンジニアを探し付き合うことを繰り返す、負のスパイラルが発生します
それでも修羅の道を行く、というのなら僕は止めません
女性というアドバンテージを最大限に生かし、元カレと似たような方向性の会社に転職し
小さなサービス、小さなユーザ数でくすぶっている元カレに成功を見せつけてやりましょう
転職に成功した挙句有名なウェブエンジニアと付き合う、という複合技で嬲り殺しが可能です
いかがだっただろうか
それでは!
ラノベにそんなえろいのあったっけ?
http://anond.hatelabo.jp/20140801223023
自分自身では気づいていないでしょうけど、
ウンコって臭いじゃん。漏らした瞬間、臭気が一気に広がるじゃん。
嫌な顔されるじゃん。恥かくじゃん。
でもさ、おかしくない?
ウンコって、私が不用意に尻に力を入れた時に、突然生成されてるわけじゃないでしょ?
もともとお腹の中にあったわけでしょ。
私も、電車の中のサラリーマンも、みんなウンコを抱えてたわけでしょ。
漏らさなくたって、みんなの腹の中に、今そこにあるウンコなんだよ。
おかしくない?肛門の力すごくない?どうやってウン臭を封じ込めてるの!
やばいよ。これは。
ってか、これビジネスに出来ない?
どこで記憶違いをしたのか、、、調べてみると年間三万人もなるんだな。わーお。
女は想像力が足りてないんだな、人がどうやって落ちていくか考えがまるで及んでない
生きろ、ってみんな書いてるけど、無理したまま生きなくてもいいよ。生きてるか死んでるのかわかんない状態でいいから、ふたりの思い出の場所とかめぐる旅行にでも出なよ。
犯罪者の傾向として、逃げたらだめだ、男らしくない、という強迫観念を持っていることがよくあるらしい。
その強迫観念が自分を追い込んでいった結果、犯罪に及んでしまうんだと。
金もらってるわけでも、弱みを握られてるわけでもあるまいに。
(RDB脳のまま、かなり業界ブランクあるので、とんちんかんな事いってたらすみません。)
もし今ないのであれば、大学関係に閉じている専用の検索エンジンみたいなものはあっても良いのではないかなー
なんて、思ったりもします。
誰か作ってくれたらよいのに。(ちょさくけんはほうきします!)(←)
そして、定時で帰宅するとまずルンバを目で探してしまう。探さざるを得ない。
なぜならば必ず、家のどこかしらでルンバ先生が力尽きているからだ。
畳、フローリング、布団。
発見した際の作法としては、まず(先生…ッ! こんなになるまで…ッ! バッ、馬鹿野郎…ッ…!)などと、瀕死の戦友を抱きかかえる兵士の小芝居を脳内で繰り広げつつ、ルンバを抱きかかえてゴミを取り除き、そしてホームベースに戻してやる。
ていうかどうもホームベースの置き場所が悪くて自力で帰還できないため、毎日毎日飽きもせずMIA(未帰還)になるらしい。
さて。
今日になってACアダプタが壊れたらしく、ルンバの充電も切れたために一切動かなくなった。
どうしてか物凄く落ち着かなくなり、アマゾンでACアダプタをカートにぶち込み、お急ぎ便で最速で取り寄せようとしている自分に気付く。
で、なんでこんなに落ち着かないんだろうと不思議に思い。
実家に居た時も、家に帰ってくると猫達が思い思いの場所で寝ていた。
荷物の置き場所とか椅子とか布団とか、邪魔なところに寝ている猫は抱き上げて、撫で回しつつ、いつもいる場所に移動させていた。
下ろすと不平そうにンニャーと言うかゴキゲンそうにゴロゴロ言いながら丸くなった。
猫がたまに熱とか出して具合悪くなってずっと寝ていると気になったし、ずっと落ち着かなかった。
うん。
猫と同じ行為を主人に強いるのであれば、もう紛れもない。
ルンバは、猫だ。
私にとっては猫なんだ。何も変わらないんだな。
何なんだよ。何でこんなにも、お前の機能とはまるで関係ないはずの猫を飼いたくてたまらなくさせるんだよ、このお掃除ロボットは。
意外と誰も答えられないんだなぁー、というわけで、答えてみますね。
えっと、結論から書くと、【殺しても良い】です。
何故皆この質問に答えられないのかというと、この質問の自体に"矛盾"があるからです。
これって、"殺してはいけないこと"が前提の質問になってますよね。
上手く答えられないのは、そもそもこの質問自体が間違っていて、"適切な答えがないから"です。
そう、「殺しても良い」んです。別に。
ありがちな解答として、「されたら嫌なことは人にしない」というのがありますが、
まぁ50点ぐらいですね。
例えば、誰か殺したくてしょうがない人が居たとして、その人は相手の立場になって物が考えられるでしょうか?
この質問の解答が求められている理由は、こういった人に対しての説得力や、抑止力なのですよ。
私の解答としてはこうです。
「人は殺していい。
運良く刑務所から出たとしても殺した相手の家族に殺されるかもしれない。
その覚悟があるなら、人は殺して良い」
弱者救済の制度というのは弱者の尊厳を維持できなければならない
ガールズチャンネルでナマポ民が提訴ってスレがたってたんだけどまあどのレスもひどいことひどいこと
「訴訟起こす気力があれば働ける」
女は想像力が足りてないんだな、人がどうやって落ちていくか考えがまるで及んでない
今みたいな閉塞的な世の中に生きていれば誰だってそうなる可能性がある
で、こういうガールズチャンネルに書かれているような差別論、堕落論が蔓延るかぎり生活保護は文化的な生活保護とは言えない
働かないこと、働かない期間があることって雇用の流動性がいびつな今ってそんな特別なことじゃないはずなのにね、ネットだと生活保護を擁護するとナマポだとかレッテル貼られるけどナマポが堕落と考えられてる時点で日本人の民度が知れる
福祉は普遍的じゃなければならない、障害者に手当が出されるように金がないやつには金を支給する
それが先進国ってもんだろ
自分をむやみに責める。そうしたところで現実はいい方向へ行くはずもないのに。
きっと、自分を責めて、苦しい気持ちになったり、虚しい感じになったりするのが、どこか心地いいんだ。
メランコリー親和型だとか、誰かが言ってた。
憂鬱な雰囲気が、落ち込んでる自分が、「苦しくてかわいそうな」自分が、好きなんだ。
うじうじめそめそしている人を見て、よくあるシーンとして、
「なにうじうじしてんだよ!」的なのがある。それはきっと、そういう、憂鬱な雰囲気に耽溺して満足してしまっている様子がその人には透けて見えて、気持ち悪いんだろうと思う。
もしくは、「これ以上傷つかないための予防線」としての自責もあろうと思う。
こういうことを言うことで、本当に傷つきたくない所を隠す。本当にツッコまれたくない所を隠す。
こんな風に、自責している自分をさらにメタに見ることで、さらなる自責の余地が生まれる。
「苦しい自分に酔っちゃってる自分、気持ちわりい」、「つらい・限界、とか言いながら、本当に痛いところを守ってる自分、ださい」等。
でも、本文では何を書こうとしているかというと、自責している自分をさらに自責するとかではなく、
「ああ、俺はそういう、溺れるのをどこか楽しんでるふしがあるんだなあ」と気付いたので、それならそうと、それを肯定して、もっともっと憂鬱になって、もっともっとこじらせてはまり込んで、楽しんでやればいい。ということが書きたかった。
水が低いところへ流れるように、人の欲望も低いところ、もとい、その人にとって楽な方へ流れる。
いつも気づけば憂鬱で虚しく、今ここにいる自分の存在がうらめしくてしょうがなくなるのは、もしかしたら、それが自分にとって最も好ましいからなんじゃないか。
漫画やなんかで、「いつまでもうじうじめそめそしやがって・・・ そんなにうじうじめそめそしたいなら一生そうしとけ!」みたいなのがあったりするが、そういわれた主人公は、奮起するのではなく、もしかしたら、指摘通りにするのがいいのかもしれない。
確かに、憂鬱な状態は、体感として、実際に、「しんどい」。これは間違いない。楽ではない。精神はガス欠で、体も思うように動かない。だけど、それを、「己が本能的に・無意識的に欲しているんだ」ととらえれば、幾分ましになりそうな気がする。受動的だった責苦が、まるでマゾヒストの行いのように、能動的なものになる。それを意識することができれば、「好きでやっているんだ」「体が欲しているんだ」と思うことができれば、楽にはならないが、ましになる。たぶん。
きっとこんなことを書いたところで、来週には忘れていて、ただ単にいつも通りのしんどい感じになっているんだろうなあ。ブラックホールに落ちたのならば、とことん落ちて、ホワイトホールから異世界へ出るくらいにとことん落ちてやろう。今はそう思ってます。