2013-09-27

女の子しかいない世界の魅力と限界

という記事があった。

なるほど、たしかに。つまりそれは例えると、お子様ランチ限界というわけだ。

美少女ばかりの世界、好物だけで固めたランチプレートは驚くほどに野菜が足りない。色は茶色、緑はない。色彩的魅力に欠ける面はある。物語目的はひとを感動させることで、そのために手段を縛るべきではない。使えるものは好物だけ、というのはなにか違うのではないか、という指摘は芯をついているように見える。

でも、おそらくは的外れだろう。楽しませるために苦手なものを使わなかっただけなのだ女の子しかいない世界は、お子様ランチと同じような思考で作られているのだと思う。では、お子様ランチには子供の苦手なピーマンが入っていないから底が浅いと評して、それはまっとうなのか。子供を喜ばすためにピーマンをわざと外しているのに・・・? お子様ランチピーマンとか野菜を多めにしたら、それはもうお子様ランチではなく、ふつう定食だ。

お子様ランチお子様ランチからダメなのだ、というのは虚しい。

物語世界観の深浅は、その世界が奇抜かどうかとは関係ないはずだ。女の子しかいない世界は奇抜で、そのまま浅さにつながるわけじゃない。たとえば、シムーンというアニメがあったけれど、それが浅い世界観の話だったとは思えない。深さはつまり、奥行きのことで、物語世界にどれだけ広がりがあるのか、ということだ。広がりを感じる、それのひとつの機会は、メインの物語から遠いところに登場人物がいたときだと思う。学校生活を描いた物語だったら、学校生活とは違う場面があるとき、ふだんは学校でだべっているだけの人物が、真剣アルバイトをしている姿が描かれるとか。けいおん!は、そういう点では世界の広い話だったと思う。

まあ、男の子恋愛しているという選択肢が選べないことは、女の子ばかりの世界限界というか、世界に深みをつけるという観点ではハンデだけれども、そもそも女の子しかいないという味を求めたのだから、それを限界というのは無理があると思うのだ。

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