2011-05-28

アナウンサーになる夢を諦められない女友達

会社帰りの21時過ぎに不意に携帯が鳴る。

「ちょっと、お願いしたいことがあるんだけど……」

電話の主はA子だった。大学時代女友達で、同い年の社会人2年目。

彼女舞台装置イベントホールを運営するテレビ関連の小会社で働いている。

「あのね、映像を作ってほしいの」

「何に使うの?」

自己PRムービー。××放送に出そうと思って」

「あー。転職すんの? つか、そんなクオリティー高いものを俺は作れないよ?」

大丈夫。尺は短いし、切り貼りしてつなげるだけでいいから。家のパソコンが壊れちゃったの」

「なんだか気が乗らないなぁ……」と思いつつも、

とりあえず、彼女は作業のために家に来ることになった。。


A子は仕事が終わってから、××県アンテナショップに赴きリポートを撮ってきたそうだ。

と言っても、テレビ番組のように大層なものではない。

デジカメ映像モードを使い、アンテナショップの様子と店員にインタビューをしている映像だけ。

本人が映っているものは皆無。A子が撮ったので、手ぶれがひどくお粗末と言わざるを得なかった。

「全部で10分ぐらいあるから、これを切ってつなげて計3分にまとめてほしいの」

彼女は言う。どうやら、この使えない素材を編集して、自己PRムービーにしてほしいとのことのようだ。

××放送のアナウンサー中途採用課題しい

「これ、音声入ってる部分あるけど、音はどうすんの?」

「あとからアテレコすればいいじゃん」

「……わかった。んで、構成は?」

「ちょっと待って、今考えるから

村上春樹のごとく「やれやれ」とつぶやきたい状況ってのはこういうことをいうんだろう。

10分ぐらいの映像素材があっても、半分ぐらいは意味のない絵で雑談をしている話しかなかった。

その部分を使うのはさすがにダメだろう。

結局、××県の米についてかなり時間を割いて聞いているので、それを軸に構成を建てるしかない。

それを彼女に伝えると

「××県は果物が有名だから、そっちがよかったなぁ……」

なんて、ぬかしやがる。「じゃあ、ちゃんとリポートしてこいよ」と心のなかで思いつつ、口には出せなかった。

「ちなみにさ、嫌な予感がするんだけど……。一応聞くね。これ締め切りいつよ?」

「えっとー、明日のお昼まで?」

「やっぱりね……。今夜中に作んなきゃいけないってことかよ」

「えへへ。ごめんごめん」

昔っから彼女は、思いつきで行動する。

多分、××県のアンテナショップインタビューに言ったのも思いつき、

ムービー構成したって行き当たりばったりの思いつきで作る。

しかも、ギリギリ時間がないなかで……だ。

「本気で転職したいんだったら、もっと事前に準備しておけよ」と突っ込みを入れたくなるが、言わなかった。


「そいえばさ、なんで転職しようと思ったわけ? アナウンサーなら就活でさんざん受けたじゃん?」

と、インタビュー映像を切り分けながら、A子に聞いてみる。

もともとA子はアナウンサー志望。容姿もそこそこ悪くはない。

ただし、素人目に見ても決定的に才能はなかった。

滑舌が悪く、インタビュー素材でも何度も噛んでいるし、

機転がきいて面白いことを言えるわけでもない。

A子は、留年までして2年も就活したけれど、キー局はもちろん、地方局にもまったく引っかからかった。

それでも、「テレビ仕事したいから」と、今の会社でつまらなさそうに働いている。

「B子がさぁ……。医学部に受かったじゃん。夢って諦めなければ叶うんだなって……」

B子も共通の友人で僕らと同い年。

1度は大学を出て働いていたけれど、一念発起してもう一度医学部受験して受かったのだ。

医学部に入るのとアナウンサーになるのは違うと思うよ」という言葉を飲み込みつつ、

ただ僕は「そっか……」としか言えなかった。

もう、彼女のなかで『アナウンサー』という職業は憧れて憧れて仕方ない存在なんだろう。

というよりかは、きっと彼女はなまじ容姿がいい分、

アナウンサーになってチヤホヤされる自分」というものに憧れている節がある気がする。

叱られることなく叱咤されることなく、生きてきたようだし。

でも、努力をし続ければいつか叶うというのは幻想だ。

24歳にもなって恥ずかしいと思わないのか。

いや、そんなこと微塵も思わないからこそ、あれだけ下手なインタビューでも

映像作って」と俺のところに持ってこれるんだろう……。

いつになったら、彼女の鼻っ柱は折れるのだろうか。

もう彼女24歳。

挫折は早ければ早いほどいいと思うのだけれど。

それに、諦めることから見える景色もあると思うのにな。

そんなことを思いながらも、「きっとA子は聞く耳などもつまい」と何も言えなかった。




追加でいくつか映像素材を撮り、切り貼りし、アテレコも終えて、

映像が完成した頃には、空は明るくなりつつあった。

「私はい友達を持ったなぁ。これで通ったらあんたのおかげだよ、本当」

と言いながらA子は帰って行った。

あれから、2週間。

選考を通過したという連絡はまだない。

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