2011-04-27

子供を作れ」というと「いやだ」と言われた

娘が結婚した。娘が言うには、相手はなんだか頼りなさそうなのだが、同じ頃合いの若者にしてはよくできたほうで、稼ぎもいいという。

一応このときは娘を信じたし、娘のその言うところにおいては全面的に正しいようだ。若者が車を持たなくなったと言うが、彼は30を前にして持ち家と車を持っている。

ローンも心配しなくていいらしい。40を前にして完済できると意気込んでいた。草食系とは言ったものだが、彼は見た目より猛禽類のそれに近いのかもしれない。ヒョウヒョウとしている割に、眈々と獲物を狙っているのかもしれない。猛禽類だけに。ちったあやるじゃないか猛禽類だけに。

で、そうも言うなら子供に期待せざるをえない。鳶は鷹を産まぬと言うが、蛙の子は蛙である。弱々しいタマはない、そう考えていた。オタマジャクシだけに。

もう十数回を数える帰省何度目かは覚えていない。彼の入浴する合間に、恥を省みず娘に直截聞いてみた。

「こどもはどうだ?」

嫁が怪訝な顔をする。しかし、父としては確認しておかねばならない。それに、もう退けない。娘は、

「どうしたの、急に?」

と、笑顔だ。しかしこの笑いは営業スマイルのそれであり、娘もまた肉食生物のそれを隠そうとはしなかった。そうだ、社会においてその美貌は武器だ。

「いや、俺も、お前の孫を見てからでないと、安心して死ねいからな」

臆してしまった。父としてこれはいかがなものか。

「んー」

娘は言葉を選んでいるのだろうか。そして

「こどもは、まだ、いいかなって。シンイチとも、そういうことにしてる」

笑顔を崩さず。髄まで染みた化粧は仮面のごとく。それでこそ我が娘よ。

「そうか」

少し残念そうな顔をして牽制してみる。デリケートな話題ではあるが、やはり血の行く末は見届けてから死にたい

しかし、わからいでもない。自分人生を謳歌したいという気持ちも。俺も若い頃は尖っていたつもりだ。社会なんか俺達でぶち壊せるという思いもあった。

その武器のために賢くなろうとしたし、世間の言う高学歴大学に入り、野心を温めて社会に出た。親父もお袋も泣きこそしなかったが喜んでくれた。

ただ、社会を変えることはできなかった。いや、正確に言えば変えることをいつしか拒む自分がいた。そうしていれば黙っていても財を蓄えることができたから。

「父さんは、どうして孫が欲しいの?」

娘はその顔を変えることなく尋ねる。

「どうしてっていうようなものじゃない。家族が増えることは、それだけで喜ばしいことじゃないか

と、それらしいことを言ってみる。もしかしたら、俺は先代から呪縛に囚われているのかもしれない。しかし、これは本意だ。孫の顔を見たい

ここで、娘の顔が曇った。それまでの笑顔が上っ面のものだとはわかっていたが。私は娘の今よりいい顔を知っている。

少し、間ができた。嫁は娘の顔をじっと見ていた。先行く女として看過できないものがあったのだろうか。洗い物をする手を止めていた。

「私は、こどもを産みたくない」

娘は、俺が最初に尋ねたときと同じ刃をぶつけてきた。すっぴんだ。水溜めに浮かぶ皿とフォークがぶつかる。

「私が、シンイチと結婚したのは、お金じゃない。こどもを産まなくてもいいと、言ってくれたから」

「私、こどもを産まないから」

反抗期があまりなかった娘だが、なんとなく理由がわかった気がした

間。

シンイチ、浴室の戸を開ける音。嫁は洗い物を続ける。俺と娘は視線を外さない。居間に来るシンイチ。娘が視線を外す。仲睦まじき夫婦が私の視界に。娘は自立した

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