大学時代からの友人がいる。
彼はドイツ人で、浮世絵の研究をしているうちに日本に留学したくなり、留学した日本の風土が気に入って永住したくなり、ドイツ語の翻訳の仕事をしながら日本人の奥さんまで貰ったというそれはもう筋金入りの日本好きだ。日本語も堪能で、電話口ではネイティブの日本人にも彼がドイツ人だとわからないほど上手い。
物腰も穏やかで、友人や奥さん相手にすら丁寧語で話すというまさにジャーマンジェントルメン。
彼が怒ったり、声を荒立てているところを見た人間は誰もいない、というくらいの温厚で優しいドイツ人なわけなのだ。
まあそんな彼とこの間、恵比寿のガーデンプレイスにエビスビール祭りに一緒に行った。
彼は日本のビールだけはあまり好きではない、と悲しそうに言っているのだが「まだエビスビールは飲めるほうだ」とも言ってくれている。
秋口の夕焼け空の下、久闊を叙しながら(この言い回しは彼に教えてもらった)ビールで乾杯したら楽しかろう、と思ったのだ。
彼と彼の奥さんと、黄昏のいい雰囲気の空の下、ビアガーデンで乾杯しようと屋台の兄ちゃんにビールを頼み、我々のテーブルに届けてもらったとき、それは起こった。
その屋台の兄ちゃんは、客へのお愛想なのか、こんな事を言ったのだ。
「ウチが一番泡の量少ないんですよ!」
要するに、ビールの実質的な量では並み居る屋台の中でも一番多いのだ、と言いたかったのだろう。
「それは違うでしょう!」
誰が言っているのか判らなかった。
その声の発された元は友人だった。
彼は一瞬、しまったという表情を見せながら、こう続けた。
「…泡も含めて、ビールなのです」
彼はびっくりしている屋台の兄ちゃんに謝罪しつつ、こう言った。
「ごめんなさい。大声を出してしまって。どうか、ちゃんとした泡の分量のビールを持ってきて頂けますか?その分の料金はキチンとお支払いします」
まあ、ことビールに関してはドイツ人に「郷に入れば郷に従え」とか言えないわなあ。 平伏して真のビールについてご教示願うしかないw