例えば、多数派が少数派をいたぶることをリンチとしよう。
もちろんこの定義に従えば、「一人の強い人間が多数の弱者をいたぶる」ことはリンチとは呼べない。
しかし、上に挙げたものもリンチと呼べないだろうか。疑問。
他にも、見かけ上は3:1で、3の側の多数派が1の側である少数派をいたぶっていたとする。
しかし、これをもっと広く見ると、実は3の側が少数派で、1の側が多数派であり、たまたま大小関係が入れ替わっていたケースの場合、これはリンチと呼べるのだろうか。疑問。
本人同士が結婚という形を取りたいなら、同居できないことは何の問題もないだろ。
一緒に住めないなら結婚する意味がないというなら、単身赴任はどうなのさって話になるし。
子供が欲しいとか、よりどころが欲しいとか、理由なんて星の数ほどある。
どちらかが転職しなきゃいけないなら、「ツブシのきくほう」なんだろうな。
他が同じ条件で、片方が「その会社でないとその職種はない」、もう片方が「専門職だが選択肢はある」だとすると、
前者は転職しようにも先がないが、後者は(収入や条件が下がるのに目をつぶれば)なんとかなる。
問題は、後者が転職した後にケンカしたとき、前者が後者に「俺のほうが稼いでる!」と言ったり、
「負担は俺のほうが多いんだから○○しろ(家事とか親戚づきあいとか)」とか言ってしまったら、
それで最後になるよねってことかな。
それは絶対ありえないならいいのかもねー。
禿げた男「おかしいな、もうそろそろ約束の時間なんだが・・・」
謎の男「西国原秀雄だな・・・」
東郷「用件を聞こうか」
西国原「はい、こちらの資料をご覧ください」
資料に目を通す東郷。
東郷「つまり、こういうことか。大沢が地元岩手県の畜産業を潤わせるために、今回の口蹄疫騒動を利用したということか?」
西国原「おっしゃるとおりです。口蹄疫が起こってしまったことは仕方がありません。しかし、積極的に対処して被害を最小に抑えるべき政府に対し圧力をかけて対処を誤らせ、故意に宮崎の畜産業のみを壊滅させて、その結果として地元だけが潤うような状態に仕向けた大沢をどうしても許せないのです。どうか、どうか依頼を受けていただけないでしょうか」
東郷「わかった。やってみよう・・・」
西国原「おお、ありがとうございます!」
東京とかの方が仕事あったり、経験者が多いから会ったり一緒に仕事することでスキルアップできそうなのだが、
今の状態を蹴って都会に行きたいか、って聞かれたら返答に悩む。
今の仕事場でもいい、という思いはあるのだけれど、やっぱり他社の造るものに比べたら劣ってる。
今回の件でただのお笑い芸人じゃないとみんな見直してるのに
現金さえ忘れなきゃなんとかなる。
こういう遠回しな自慢話する奴って何なの?
わかりやすいお人だ、この増田は。
長くても、1ヶ月程度で直るし、それが人に移るわけでもない。
牛としては、痛くて、ものを食べなくなるから、やせたりして、肉や乳が取れなくなる。
直ってから、肉や乳取れば、いいじゃねって気もする。
それだと、商品価値がなくなるのだろうけど。
孤独を感じるのは、一人の時じゃなくてさ。
周りに人がいるのに、独りの時なんだよ。
自分にちょっとだけのコミュ力と、自分を気にかけてくれる人がいれば、なんとかなる。
でも、その人なしでは、その場にいられなくなるわけですよ。
その人がいる間に、できるだけ多くの人と距離を縮められれば、イイけど、失敗した時の孤独感は…。
ダイジョウブ、自信を持って。
少なくとも君は、就職できなかった無能より価値ある人財だから。
と、思ったらまだ就職してねーのかよ。ガキが。
↑社会ってこんなもんだよ。
病棟から抜け出してきたの?
40代。まだ現役でIT土方。モバイルのソーシャルゲームをPHPで書いてる。
給料は手取りで5ケタ。ワーキングプア。自分の住んでる町の生活保護だって6ケタあるのにな。
ゲーム自体はたぶん、それなりに面白いのだと思う。いま、次々立ち上がっているソーシャルゲーム関連の投資事業とか、協業者を探しているゲームポータルとかから声がかかっているようなので。
会社のエライ人たち、ソーシャルゲームバブルに浮かれきってる。もちろん自分より若い。かなり。
マネタイズのためにあれやろうこれやろうとアイデアを出して、作ってるのはオレ。
アラフォーはバブルとその後を経験しているので、こういう浮かれっぷりは警戒するクセがついてる。
ただ、ドコに進むのは決めるのはウエノヒトなので意見は言わない。
5人くらいいたプログラマはどんどん辞めた。
いま、オレ1人だけで全部書いている。
それやったらますますつまんねーじゃん、という仕様変更にも、黙々と応じる。他人が残したバグも、黙々と直す。それが仕事だから。
で。
わりと幸せ。
地方だし。未だ実家だし。(というか出て行けないのだが。この給料では。)
恋愛だの結婚だのは、正直何が楽しいのかさっぱり分からないのでする気もないし。
モノがゲームなだけに、締め切りとかクライアントの顔色とかはあまり気にしない仕事なので、いざとなったらまぁいっか明日に伸ばそう、が軽く言える世界。だから、深夜残業とか休日出勤は断固固辞してる。
毎日23時には家にいられる。
土日祝日はのんびりできる。
ただ。
トーキョーで同じくソーシャルゲームバブルをざぶざぶ泳いでるゲームプロバイダのエライヒトとなぜか話す機会があって。
もったいない、来ればいいのに、と言われる。一緒に作ろうとか。給料なんてワリと簡単に上がっちゃうもんダヨーとか。そんな感じの断片しか覚えてないけど。
自分は不幸なのかなあ。
基準が狂ってるだけなのかなあ。
「外」の人と会って初めてそんなことを考え始める。
井の中の蛙は、井の中にだけいてそれが幸せだと思っていただけなのかなあ。
井の外に出て行ってどんな幸せが待っているのか、全く具体的に分からないので、こうしてなんとなく書いてみる。
トーキョーに行くと、なにが幸せなんだろう。
それは、ちゃんと夜には家に帰れて、週末は休めるような、そんな生活を捨ててまで、取りに行くべき幸せなんだろうか。
意味がわからないので具体的に書いてくれ。