借り上げマンションを西区に借りた。大阪で一番家賃が高いらしい。
今は23区内に住んでて家賃は8万ぐらいなんだけど、
メガネとビジネススーツの女性上司に顔を赤らめながら言われたら
ぼかぁ、一生ついてくよ。
または、さげすむような目で言われても嬉しいかも・・・ドM的に。
ああいうのを受けた「おかげで」大成した人ってどのくらいいるんだろう。
いま社会の一線で活躍している研究者や経営者、運動選手で、その手の背景をもった人を見たことがないんだけど。
毎年何万人と生み出されているはずの早熟天才たちはどこに消えていくわけ?
消す必要は無いと思うのだが、隠す必要もないと思う。
正々堂々とその子と向き合うのなら、その子の両親とも向かい合い、了承をとってきなさいな。
コソコソ動くことが、後々の面倒になるかもね。
何も間違っちゃいない。
直接言うと酷っぽいのでここに書く。
うちの彼氏は人見知りで引っ込み思案で恥ずかしがり屋。
最初に知り合ったときもまともに話せなくて「なんだこいつ」って感じだった。
まぁ、それが可愛いと思えるときもあればイラつくときもありました。最近はイラつく方だ。
「店員さんに聞けば?」と言ったらしばらくしたら戻ってきて「無理だよ。諦める」って聞かずに返ってきた。
「いやいや、あるかもしんないじゃん。店員さんも別に怒ったりしないんだからさ!」って言っても
「じゃあ増田が聞いてよ。お願い」だって。それでうちが聞きに行ったら後ろにちょこちょこついてきて。子どもかよ!
頼むからもうちょっと社交的になってください。うちが友達を呼んだときに挨拶せずに引きこもるのは許すから
店員との会話とか簡単なことはできるようになってください。そんなの場数だから!
投稿日: 2009/01/31(土) 21:08:48.40 ID:2rW5wrp3
「魔法使いですけど。」(歌・カーヤ)
「最終兵器ですけど。」(歌・ちせ)
「あたしめっちゃかわいいんですけど。」(歌・松岡美羽)
「カードライバーですけど。」(歌・小芹アイ)
「サカマネですけど。」(歌・木野秋)
「次期当主ですけど。」(歌・柳生九兵衛)
前の日記は知らないんだけど、、、
女の子のほうが友達に話しちゃったりして、絶対にバレるって。
12歳の女の子が初の(たぶん)彼氏を完璧に内緒にしていられるとは思えない。
手を出す出さないは関係ない、交際を了承した時点でやばいよ。
、何故あんなにナチュラルに人をバカにできる、見下せるのか、ホンマにわからん。
慮るということができるはずなのにそれをせずにやり込めにいく姿勢は酷く醜いと思うぞ。
(景観であれ建築であれ何であれ)「生活の営みの集積で結果としてできてしまった無意識の造形や、エンジニアリングが卓越したために思わぬ形態をとった造形」を超える,“美しさが意図された”デザインを達成するには,卓越したエンジニアリングや蓄積された膨大な生活の営みを超えるだけの提供側の本気度が必要だ.
それだけのエネルギーが必要であるのは何故か。下の「気持ち悪さ」と関係するような気がする。
この「気持ち悪さ」は何から生まれるのか。
私も親が金銭問題で離婚してから父とほぼ会っていない。
三年前、二年ぶりに会った。「怒ってないのか。」と訊かれた。正直もうどーでもよかった。
会社を辞めて事業をやっていたけれど、どうにもうまくいかず、再就職を目指すと聴いたのが一年前。「面接に行くのにスーツが欲しい。家にまだないか。取りに行きたい。」と電話があった。奇しくもその日、母が脳内出血で倒れた。それどころじゃないと取り乱しているのに、一応心配はしてくれたけど「でもちょっと家を離れるくらいできないか。スーツ持ってきてくれ。」と。切れた。「あんたが出て行って何年経ったと思ってんだ、あんたのものなんかあるわけないでしょう!」とかなんとか、力の限りの罵詈雑言を叩きつけて電話を切った。
それから会うどころか、電話もしていない。幸い母はほぼ後遺症もなく回復できたけれど、なんとなく連絡を取る気が起きない。
元増田のような日をいつか迎えるんじゃないかと思う。
でも、元増田と同じで、母と妹との三人で完結してしまっているんだ。
母が父への恨み辛みを述べる度に、ものすごく嫌な気持ちになるのも本当だ。
元増田、あなたは今、もしお父様が存命のうちに連絡を取れたなら取っておけばよかったと思っていますか?
ここで、結婚の意義、本質は家族契約的なものであるとする。(子の養育に関しては別の制度で考えればいい)
そうすると、同性カップルが排除されるのはおかしいし、複数の相手と家族契約できてもいいはずだ。
(親に関しては自ら子を作ることを選んでいるわけであり、責任が伴うという理由が考えられる。親が子への責任を負うべきかどうかという問題もあるが)
また、子(つまりすべての人は)は苗字を含む名前の変更権を持つべきだ。
自身への命名権利を与えるだけでそれが可能となる。(もっともむやみな変更は避ける必要がある)
誰かに聞いて欲しかったので長文になるかもしれないが書かせて頂く。
大雨だった事もあり昼間からネットに張り付いていた。
一人暮らしの雨の日なんてのはこんな事しかやることがなかった。
そして退屈し始めた15時頃携帯に見知らぬ番号から着信があった。
見た事ない番号は取らない事にしてる為に無視していたのだけど
そのあと16時頃、姉(既婚)から電話があった。
「警察から電話があったんだけど、○○(俺)何か心当たりない?」
というジョークから始まり勿論心当たりなど無いにも関わらず
内心ドキドキしながら
「あるわけねーじゃん(笑)」と返す。
そしたら急に真面目になった姉から帰ってきた言葉は
「心して聞いて欲しいんだけど…
パパが死んだって警察から連絡があったから確認してほしいって」
親父が死んだ?
あの親父が?
親父とはもう14年会っていない。
勿論、姉と母だってそれ位は会っていないだろう。
だが元々酒癖が悪く店の経営が上手くいかなくなった事もあり、
DVに耐えきれなかった母は俺が中学卒業と同時に姉と俺を連れて家を出て行った。
3人で家を出た事はそれまでに何回かあるので、
多分親父も帰ってくるんだろうと考えてたと思う。
家を出て半年親戚づてに連絡が来て、
母と姉と俺で親父と会った時にはちょっと痩せて昔みたいに坊主になってたが
まだ俺の記憶の中の変わらない親父だった。
その時に家に置いてきたものを取ってきたかったので、
先に帰るといって姉と二人で家の鍵を使って家に入った。
店は運営してなかったと思う。
もともと母と経営してた為に親父1人じゃ運営出来なかったんだと思う。
家の中はほとんどそのままで十何年と飼っていた犬は居なくなってて
猫達もいなかったが、猫達は家の裏の竹やぶにいた。
「ごめんな」と姉と言いながら御飯を置いて帰った。
俺達兄弟も可愛がられてなかった訳ではなかったし、
酒を飲んで豹変する事さえなければ母にも優しかった。
ただ荒れた生活が何年と続き、
家を出る1年程前から家庭内暴力もかなり酷かった。
ある時は母が暴力に耐え切れなくなった時に
そして親父が酒を飲んで暴れたので、
俺と姉は部屋に逃げていたのだが、
呼び出され俺は頭を靴で何十回と叩かれ嘔吐が止まらず、
救急車で運ばれたりもした(呼んだのはびびった親父)
またその頃は既に体格的に親父に負けてなかったので、
暴れた時に一発ぶん殴ってやろうと立ち上がってこぶしを握ったら
包丁を持ってきて「刺してやんぞ」と凄まれた事もある。
そして家を出てから親父に会いに行こうと思った事がない。
3人の生活で完結していたからだ。
もう親父と会う事はないと決めて忘れようとしたんだと思う。
別に悪い思い出だけだったわけじゃない。
むしろ楽しい思い出も沢山あったのに会いに行くことは無かった。
長くなったので話を戻す。
母と姉と俺で警察まで行ってきた。
一度市外に移り住んでた俺達3人だけど既に1人暮らしだった俺は
まず警察の話を聞く所によると親父は市内でホームレス暮らしをしていたらしい。
市内といっても外れのほうで、河川敷近くだったという。
死んでた時はアスファルトの上で息絶えてたという事だった。
近隣住民の話だと1年前位から住んでて親父がいつからホームレスなのかは分からなかった。
親父の身元が判明したのは診察券を持っていて
(昔酒で内臓がやられて入院した事もある)
さらに万引きで捕まった履歴があり指紋が全部合致したので間違いないという。
待合室で安置室の準備が整うまで待たされる間に死因不明だったという事で、
解剖をしなければならないため母がサインをしていた。
この時までは正直実感が全くなく「早く終わらせて帰りたい」という気持ちしかなかった。
結構待たされたが30分位して準備が整い安置室へ通された。
警察の人に白い布をめくって貰い顔を見せられ、
そこに居たのは見覚えの無いやせ細った老人だった。
無理もないと思った。
最後に会ったのが46位の親父で目の前にいるのは60位の老人だったのだから。
母も俺も姉も確証が持てず何度も顔を見たり特徴を思い出し体の傷やらを見せてもらったが、
その時点ではなんとも言えなかった。
親父の実の兄弟に連絡して、そちらに引き取ってもらう事になった。
親戚付き合いが元々そんなになかったので連絡先が一切分からなかったためだ。
(警察の人は「こういっちゃなんだけど」と付け加えて
奥さんは他人かもしれないがお子さんは血の繋がった親だからと
引き取るのを薦めていた)
警察の人が「最後に線香をあげてください」という事で
確証が持てないその老人の最後に顔を見て線香をあげた。
線香をあげてる時ですら俺は他人事のように思っていた。
最後に警察の人が「持っていた物があるので見ますか?」
という事で遺留品?を見せて貰った。
そのノートを若い警官が持ってきてさっきから説明してくれていた年配の警官に
指示されて無理やり最初の1ページをめくると自転車の車体番号と
親父の実家の住所が書かれてた。
母は「間違いないです、そうです、○○の田舎の住所です…」と泣いていた。
「なんて書いてありましたか」と俺が聞くと自転車置き場に案内して貰って自転車を見せて貰った。
自転車は見た事ないものだったが自転車にはしっかりと寿司屋の屋号と
あの家の住所が記されていた。
俺の名前と姉の名前がしっかり書いてあったと聞いた時、俺は泣いていた。
ああ、親父が最後まで忘れず心の依り所にしていたのは俺と姉だったのかと。
俺の人生の半分を一緒に過ごした親父。
その俺も親父が居なくなって人生のもう半分が過ぎようとしている。
貴方は何を思って冷たいアスファルトの上で逝ったのだろうか。
恨んでいるのだろうか仕方ないと諦めていたのだろうか。
惨めな生活を送っていたのだろうか。
それなりには生きていたのだろうか。
俺と同じくらいにはあの頃の生活を思い出していたのだろうか。
包丁を突きつけた貴方も夜中車で飛ばして海へ連れて行ってくれた貴方も
お使いにいかない俺を叱り飛ばした貴方も
沢山全部今となってはあったかどうかもあやふやな程実感のない
貴方との懐かしい思い出です。
今となってはもう何も話せない親父。
親父は今日火葬され叔父に引き取られていったそうだ。
長文すまんせん。
外国なら理解されてるというのも怪しいと思うが。
アメリカじゃキリスト教系のに嫌われてるし、イスラム圏でも同性愛は差別されてたはず。
そもそも性的少数派って同性愛に限らず熟女とかすかとろとかだってマイナーと思うが、理解されてないとか言われることがないのが謎。
これのとらばで300円安いとか言うの多いのにびっくり。