2007-12-05

俺はペレの生まれ変わりかもしれない。

幼い頃、俺はキャプテン翼に憧れ、毎日壁に向かってボールを蹴っていた。友達と遊ぶことなど興味はなかった。ボールだけが友達だった。その様子を見ていた近所の少年サッカークラブコーチに「サッカーが好きなら来てみないか」と言われた。まだ小学生にもなっていない俺にだ。彼は俺の才能に気づいてしまったのだろう。しかし悲しいかな。小学生低学年のチームを見学させてもらったが、あまりにも低レベルボール子供が群がるだけのくだらない練習試合を見て、俺はグラウンドを後にした。

やがキャプテン翼熱も冷めてしまい、しばらくそのままでいた俺だが、中学校に入ると同時にやはりサッカー部に入部した。俺にはサッカーしかない。眠っていたその想いは揺るぎない事実として俺の芯で固まった。体力面の問題からレギュラーにはなれなかったものの、バレーボールでのドライブシュートを体得するなど、俺はすさまじいスピード技術を会得していった。もしかしたら、自分の才能に恐怖を感じていたのかもしれない。それが原因かはわからないが俺はサッカー部を去ることになってしまった。

「本当にやめるのか」

「はい、お母さんが受験に集中しなさいって……」

「……もったいないなあ、センスあるのに」

そう言って顧問は俺の退部を惜しんだ。だが、俺はもうサッカーから離れるべきだと感じていた。勉強をしなくて母親に怒られたからではない。俺自身の才能の恐ろしさゆえだ。

高校以降、サッカーにほとんど関わることはなかったが、俺の才能は日常生活でも黙っていてはくれなかった。たとえば文化祭の準備のとき。廊下に出したテーブルで他の生徒がピンポンをしていた。ラケットはスリッパだ。

「おい増田、次やろうぜ」

「・・・ああ」

そういって俺はスリッパから足を抜いて浮かせ、胸元まで蹴り上げて素早く掴み取った。

「いつでもいいぜ」

何気ないことだ。しかし……

「あはははははははは!」

それを見ていた女子が狂ったように笑い出した。驚いた。俺にとっては当たり前の一連の動作。しかしそれは何の罪もない女子生徒を狂わせてしまうほど、恐ろしく高等な技術だったのだ。サッカー神様ペレが、俺の中にいるのではないか。スピリチュアルにそう感じた。しかし……サッカー技術は封印しよう。そう心に決めた。

だがしかし人生は長い。咄嗟の瞬間にはそれを忘れてしまうこともある。大学生のときだ。後輩がサークルの部室の鍵を投げてよこした。だが、コントロールが悪い。俺の手前で落ちようとするその鍵を俺は蹴り上げ、2、3度リフティングして手元に収めた。

「うぉっ、先輩すっげ!」

後輩はバカだから助かった。俺の才能に気づかず、ただ驚くだけで済んだ。思えばこれは幸いだった。

以降、俺は足技を本格的に封印する。時折俺の中のペレが騒ぎ立てるが、俺は耳を貸さない。ペレ、いやペレ以上のサッカー才能というのは、ときに人を壊してしまうのだ。

だが先日、俺はまたペレ存在を思い出すことになる。会社飲み会の帰りだ。みんな楽しく話している輪になかなか入れなかった俺はむしゃくしゃしていた。凡人どもめ……。俺が才能を隠しているから無事でいられるのに……。そんなことを考えていたら、目の前に小さな立て看板があった。恥ずかしい話だが、俺はそれを蹴飛ばした。だがしかし。蹴ったものの、看板は全く動かなかった。地面にガッチリと固定されていたのだ。ああ、サッカー才能がない人間なら、何の問題もない。だが俺は、ペレの生まれ変わりだ。足に走る激痛。骨が、折れていた。くそっ、忘れていた。俺の脚力はこんなにも常人離れしていたか。後悔しながらも、俺は空に向かって叫んだ。

サッカーの神よ!なぜ私にこんな才能を与えたのです!なぜペレの魂をそのまま眠らせてやらなかったのです!」

実際は叫ばなかったが、心の中で繰り返した。

俺はペレの生まれ変わりだ。おそらく間違いない。だがしかし、俺にはこの才能は強大過ぎる……。

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