もしも童話「おおきなカブ」がITのデスマプロジェクトだったら

渋谷の雑居ビル。

ホワイトボード前に置かれたパイプ椅子にイヌ、ネコ、ネズミが一触即発の雰囲気で座っている。

扉が開き、慌てた様子の青年が入ってくる。

孫「お疲れ様です、すいませ――」

ネズミ「遅えよッ!!」

ネコ「!!」

イヌ「……ネズミさん、怒鳴るのはやめましょうって……」

ネズミ「……チッ」

孫「あの、本当、すいません。11時からって、皆さんにお約束してたのに……」

イヌ「ま、まぁ。とりあえず、ミーティングの報告をお願いします。もう2時間も押してるんで」

孫「は、はい! すいません、ではこちらの資料を…… あっ」

イヌ「どうかしましたか?」

孫「印刷した資料が1部たりなくて。……じゃあ、はい! 僕のは大丈夫なんで、業務委託の皆さんで、どうぞ!」

ネズミ「ッ……!」

イヌ・ネコ「……」

孫「はい、では皆さんお手元に資料ありますかね、お疲れ様です!」

ネズミ「……」

イヌ・ネコ「……お疲れ様です」

孫「えー、先ほど今回の、【大きなカブ引っこ抜きプロジェクト】の遅延に関しまして、業務委託の皆さんからいただいたご意見も踏まえて、事業責任者であるお爺さんお婆さんと、今後の打ち手について協議してきました」

イヌ・ネコ・ネズミ「……」

孫「そこで、えー、結論ですが、カブのロンチ期日は絶対死守したいということで、8名の派遣社員の増員が決まりました!」

ネズミ「は?」

孫「海外からオカメインコが8羽、パスポート関連の手続きが終了次第、このプロジェクトにジョインします!」

ネコ「え、えぇ……!?」

イヌ「あ、あの、それって……確認なんですけど、そのオカメインコたち当然、GIT(ぐいっと抜く)操作や大作物収穫の経験はあるんですよね!?」

孫「いえ、実務レベルでは無いそうですが……ただ全員、野菜チップスをついばんだ経験があると聞いています!」

ネズミ「……は?」

孫「ついばんできたのは、レンコン、ニンジン、カボチャ、サツマイモなど、かなり多くの根菜だそうです! そういった経験があるのでこの現場でも――」

ネコ「ちょっと、いいですか!? これって、大きなカブの葉を真横に引っ張って抜くことを目的としたプロジェクトですよね? 根菜の扱いは関係ないですし、そもそも鳥類の方では私たちの引っ張り方と全く噛み合いませんよ!?」

孫「まぁ、それはそれで……」

イヌ「あの! 孫さん、僕らの報告書ちゃんと読んでました!? 人員を増やしたところで意味がないどころか、全くの逆効果ですよ!?」

ネコ「GIT(ぐいっと抜く)操作に慣れないお爺さんやお婆さんが不用意なプッシュプルを繰り返したせいで、コンフリクト解消に無駄な時間を取られたのが遅延の主たる原因って……私、書きましたよね!?」

イヌ「ふたりが現場から離れてやっと作業がまともに進み始めたところだったのに……! 孫さん、今からでも増員を中止できないんですか!?」

孫「それは、CTO(超とんでもないお偉いさん)であるお婆さんが判断したことなので、私ではどうにも……」

ネコ「そんな!」

孫「CEO(超えげつないお偉いさん)であるお爺さんもすでにアグリーなんですよね。ですのでここからは、増員を前提とした話し合いを――」

ネズミ「お前マジで……いいかげんにしろよなッ!!!」

孫「!!」

イヌ・ネコ「……!」

ネズミ「お前ら上の奴らの無能な指示で、俺はもう何週間も嫁や子供たちに会えてねえんだよ! どうしてくれんだよ、アアッ!?」

孫「そ、それは、本当に申し訳ないと思って……」

ネズミ「もうあんたの心の込もってない謝罪は聞き飽きたんだよッ! 何度も何度も気分で方針変更してきてよぉ! 一度たりとも、上手くコトが運んだ試しがねえじゃねえか!?」

ネコ「……」

イヌ「ネズミさん、落ち着いて……」

ネズミ「イヌもネコも覚えてるだろ!? 爺さんがウォーターホール方式(水をかけてから引っ張る)でいきたいって言ってたのに、しばらくしたら『必要な水量の見通しが立たず、そもそも濡らしても抜きやすくならないと判明した』とか言い出したよな!?」

孫「それは……」

ネズミ「そしたら今度はアジャイル方式とか言いだして、通りすがりの奴らつかまえて1人ずつ引っ張っらせては感想聞いてたよな!? 一体ありゃぁどういう了見だ!? 全員で引っ張っても無理なのにちょっとずつ引っ張って抜けるはずがねぇだろ! アホか!?」

孫「あれは……」

イヌ「そもそもあの時、プロジェクトの誰ひとりとしてアジャイルを正しく理解してなかったですからね……」

ネズミ「そんで挙げ句の果てにティール組織でいくとか言って、プロジェクト完全に停止させて、うすら寒い理念研修ばっかり増やしてよぉっ!? そのくせ納期は死守しろ死守しろって、頭イかれてんのかよ!?」

ネコ「ネズミさん、と、とにかくいちど落ち着いてください……!」

孫「……確かに、方針の変更は何度もありました、ですがすべてお爺さん、お婆さんと時間をかけて議論した上で、学術的にもエビデンスがある方式への、理論的なピボットで――」

ネズミ「現場が誰ひとりその理屈を理解できてねえんだよ!!」

孫「り、理解できないなら勉強していただかないと……私は大学院で専門的にデザイン思考と組織論、統計学を学び、その知識を前提としてお爺さんとお婆さんと協議した上で……」

ネズミ「お前みたいなのが一番タチが悪いんだよ!! 上司の屁理屈に洗脳されやすい純粋まっすぐバカが傀儡になって中間管理やってるから、いつまで経っても末端を使いつぶすデスマがなくならねぇ!!」

孫「そ、そんな……!」

ネズミ「お前のゴールは現場のご機嫌とってさっさとカブ抜いて、その成果を持って別プロジェクトか他社へ異動することだもんな!? 本心が普段の言動から透けて見えてんだよ!! お前、そんなんで本気でこのプロジェクト成功させる気あるのかよ!?」

孫「そんなつもりは、毛頭……!」

ネズミ「あーあ。やってらんね。もうこんなプロジェクト今日で終わりだ。これ以上の契約更新なんかするかよ! な、イヌとネコもそうだろ!?」

イヌ・ネコ「……」

ネズミ「……? どうした、お前らもこの際、本音を――」

イヌ「……勝手に、僕の本音を知ってるかのようなこと、言わないでもらえますか?」

ネズミ「え」

ネコ「孫さん、オカメインコさんたちが来るまでに座席表が必要ですよね? 私が作っておきますね!」

孫「……え。いいんですか?」

ネズミ「ネコ!? お前……!」

イヌ「そういえば孫さん、さっきいただいたこの資料、すごく綺麗にまとまってて素晴らしいですね。後半からほぼ空白なのも、余白を活かした高度なデザイン性を感じます」

孫「え、意図してなかったけど、ありがとうございます! 実は学生の頃は、デザイナーのスペシャリスト志望で……」

ネズミ「イヌ……!?」

孫「……あ! すみませんそういえば!」

イヌ「? どうかされましたか?」

孫「本当にすいません……実はこのあと、合コンがありまして……」

ネズミ「……は!? お前、俺の話を――」

ネコ「まぁまぁ、この話の続きは後日、ってことで!」

ネズミ「ちょ!?」

イヌ「そうですね、次のミーティング、カレンダー入れときますね!」

ネズミ「お、俺の話を……」

孫「それじゃ、本気でやばいんでそろそろ失礼します! ……あ、ネズミさん、契約更新は必要ないということなので、デスクの清掃だけよろしくお願いします〜、お疲れ様です!」

イヌ・ネコ「お疲れ様で〜っす!」

孫、あわてて部屋を去る。

ネズミ、怒りに震えてイヌとネコをにらむ。

ネズミ「……お前ら、こんだけひどい目に合わされても、組織側につく気なのかよ!?」

イヌ「何か勘違いしているみたいだけど……最初から僕は、この組織や進め方に一切、不満はありませんよ」

ネコ「ええ、私も」

ネズミ「は……? こんなグダグダの遅延プロジェクトに、不満がないわけないだろ!?」

イヌ「いや、大規模な遅延プロジェクトだからこそ、ですよ。このプロジェクトのロンチが伸びれば伸びるほど、僕らは飯が食える期間が約束されて、面倒な転職活動をしなくていいんだから」

ネズミ「……!」

ネコ「あらゆるトレンドが2、3年単位でガラッと様変わりする、雇用形態も入り乱れてるこんな現場で、マネジメントや進行管理、正当な評価なんて不可能だって、この業界に数年いる頭のいい人なら誰でもわかってるんですよ。だったら、それを利用する思考にならないと」

イヌ「僕は別のスタートアップでも働いてる。ネコさんは個人経営の喫茶店を始める準備中。……ここでの業務は、あくまで飯の種、ライスワークなんです。新人の孫さんが上の都合に踊らされておかしな指示を持ってくるのも織り込み済みで仕事を請けてるんです。……腹立ててるのは、組織の論理を知らない、ネズミさん、あなただけだよ」

ネズミ「! そんな……」

イヌ「……それと、この際だからぜんぶ言わせてもらうけど。正直、ネズミごときの力じゃカブを引っ張っても一ミリたりとも影響がないんだよ。無駄なプッシュとプルを繰り返して、僕やネコさんの尻尾にぶら下がってるだけで」

ネズミ「……そ、それは……」

イヌ「何も言わなかったのは、落ちこぼれがいると僕に批判の矛先が向かないのと、あなたが嫁と子供を食わせるために必死なんだろうって同情してたからです。 ……でも孫さんに噛み付いたら、もう、かばえないかな。僕に得が無さすぎるし」

ネズミ「…………」

ネコ「私も言わせてもらうけど、正直、いまの私にとっての邪魔者は飯の種をくれるお爺さんたちじゃなくて、暴力的な言動を繰り返して職場の雰囲気を悪くしているネズミ、あんたなんだよ。……そもそも、あんたお婆さんに『ドブ臭い』って毛嫌いされてたから、近いうちに切られる話は出てたんだけどね」

ネズミ「……………………」

ネコ「あんた、このプロジェクトには正直、向いてないと思うよ。転職のいい機会だったんじゃない?」

ネズミ「お、俺は、ただ」

ネズミ、震える手でデスクに飾っていた家族写真を手に取る。

ネズミ「……家族に、誇れる仕事がしたくて……」

写真をカバンに入れ、よろよろと部屋から出て行くネズミ。

ネズミが出て行った扉を見つめるイヌとネコ。

ネコ「……ねえ、イヌさん。知ってました?」

イヌ「……ん?」

ネコ「あの巨大なカブ、抜けたとして食用にも、観賞用にもならないらしいです。……むしろ中が腐ってて、処理するのにまた莫大な費用がかかる、って」

イヌ「!? だったら、なんでここまでして……?」

ネコ「カブを分けて欲しい人たちが前金を積んで、カブの価格がつり上がってるらしいんです。前金に手をつけてしまったお爺さんは、腐ってるとわかっててもこのプロジェクトを止めるわけにはいかない」

イヌ「……」

ネコ「最近はお爺さんも開き直って、カブを買ってスープにして売れば大金持ちになれるぞって、IR(インチキなレシピ)を配り歩いてるらしいですよ」

イヌ、深く息を吐き、何も書かれていないホワイトボードをじっと見つめる。

イヌ「(何か適当な時事ネタを入れてください)」

暗転、幕。

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