容姿がよかったら政治や経済など気にしない

田舎のソコソコ高い温泉宿に泊まった。

そこの近くには棚田が景勝地としてある。

海と山しかない場所に何とか棚田を切り開きコメを作りたいという昔の人間の執念を感じた。

その帰りに某地方都市に寄った。

そこは現代美術館が有名なので、少し見てきた。

見てきたと言っても五分程度である。

展示物は何も見ていない。

何故かと言えば、大量の人がいたからである。

地方都市全体に若い女がたくさんいたのだが、美術館にはもっといた。

そこで考えたことがある。

彼女たちは比較的容姿が良かった。

セックスには困らない程度以上の人間が大半である。

彼女たちが現代美術をどのように受容するのかは不明である。

しかし、彼女たちが政治や経済について考えている様子は浮かばなかった。

ヤフーニュースの芸能のところを見ている様子はすぐに浮かんだ。

なんというか消費者スタイルという雰囲気を感じた。

ポピュリズムな政党が隆盛を極めている理由というのはこういうものなのかもしれない。

あぁ、なるほど。

セックスが出来たら自分は悪い頭で難しいことなんか考えない。

楽しく消費して踊るのだ。

そして、うまく適合できるのだろう。

とりわけ容姿がいい女なら、ファシズムのコミュニティでもネオリベ、リベラルその他諸々どんなコミュニティでも自分に価値がある。

誰かがやってくれるし、どうでもいいのだ。

自分は容姿が醜い男だから政治や経済を妙に偏屈に気持ち悪く気にするのか。

楽しく消費できないし、誰とも踊れない。

自分があんな顔のいい女だったらこんなうんざりするものに興味はない。

そういうことなのだと美術館で思い知らされた。

帰りの列車内のトイレの鏡で大きな顔に、ひどくニキビ跡だらけの抉れた赤い皮膚がくっついて、くせ毛で小さい目でという醜い顔を視た。

不快でしかないし、嫌味しか感じないこの顔はどうにもならないのだろう。

おそらくこれからの時代は容姿で、容姿が醜い人間に自己肯定感や承認を感じさせるコンテンツやシステムが流行るのではと感じた。

※追加

男も勿論沢山いた。カップルが大量にいたからだ。

彼らもセックスのことしか考えていないのだろうと感じてしまう。

彼らが政治経済のニュースを見ても、それは流されるだけな気しかしない。

偏屈に考えなくていいからだ。

頭悪い大学にいるとよく分かる。

政治の授業などを顔がいい人間はつまらなそうに聞いている。

前にいるのは顔の悪い人間だけだったりするのだ。

顔がいい人間には恋愛やセックスなどもっと有意義で快楽を感じられるものがあるのだろう。

そして自分も、本当はそんなふうになりたかったと思っているしなれるならなりたいのし整形も考えるが持病やらの関係で今のところできそうにない。

※再追記

別に実際は美男美女も政治経済に興味があるとかいう話を聞きたいわけではない。

そこまで執着しなくても楽しく生きていけるのだ。

考えは一切合致しない豚みたいな顔したネトウヨと高校時代に仕方なく連んでいた。

唯一、彼と自分の考えが合致するのは顔がよけりゃアホらしい政治の話なんかしないで恋愛をしているということである。

自分はブサイクだから悪い頭で難しいことを考えて泣くしかないということなだけだ。

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