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はてなキーワード: dosとは

2018-05-08

Windows3.1の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20180508004011

まだまだDOSの全盛期

コンベンショナルメモリ640KBの壁があった時代

起動

DOSで起動してからwinコマンドで実行

autoexec.batに書き込んだら自動で実行するようになる

デバイスドライバを読み込みすぎるとメモリが足りなくて動作しなくなるので

LAN Managerを使ってネットワーク接続するときCD-ROMドライバを外すとかしてた思い出

※余談だが、ゲームにはゲーム起動用のconfig.sysを書いてた

ソフトウェア

シェルプログラムマネージャ

壁紙が見えなくなるので透過させるフリーソフトを入れたりしてた。

ファイルマネージャランチャー代わりにつかってた

エディタ

秀丸4000円

Win32s

32ビットアプリも動くんだぜ?といってもNTから持ってきたピンボールぐらいしか動かさないけどな!

グラフィックス

WinGをインストールして高速化!

OpenGL?あれは重くてなあ...パイプうごスクリーンセーバーぐらいしか動かないし...

動画

Video for WindowsとQuickTimeインストール

2018-02-05

[]ドレミの歌いろいろ

イタリア語:

ドレミ音階ルーツが、1024年イタリア僧侶が、

聖ヨハネ賛歌から考え出したとされ、

Ut Re Mi Fa Sol La」に

17世期Sancte Ioannesの頭文字の Si が加わり、

さらに後、Ut発音しにくいので、

DominusのDoに変更されたそうです。

ドレミの歌」

DO se do qualcosa a te

RE e`il re che c`era un di`

MI e`il mi per dire a me

FA la nota dopo il MI

SOL e`il sole in fronte a me

La se proprio non e`qua

SI se non ti dico no

e cosi` ritorno al DO

Tutti insieme appassionatamente)

(訳)

あげる  君になにかをあげるなら

王様  昔いた王様

私    私にと言うためのmi

FA ミの次の音

太陽 私の目の前の太陽

あっち  こっちでないなら

はい   いいえと言わないなら

さあこれでドに戻ります

英語

Do-Re-Mi

Doe, a deer, a female deer

Ray, a drop of golden sun

Me, a name I call myself

Far, a long, long way to run

Sew, a needle pulling thread

La, a note to follow sew

Tea, a drink with jam and bread

That will bring us back to Doe

(訳)

ドゥは 鹿、雌鹿

レイは 金色太陽の光

ミーは 自分自分を呼ぶとき名前

ファーは 遠い、走っていく長い道のり

ソーは 針で糸をひくこと

ラは ソに続く音符

ティは ジャムパンに合う飲み物

そしてまたドゥに戻る(最初からやり直そう!)


フランス語

Do, le Do, il a bon dos

Re, rayon de soleil d'or

Mi, c'est la moitie d'un tout

Fa, c'est facile a chanter

Sol, la terre ou vous marchez

La, l'endroit ou vous allez

Si, c'est siffler comme un merle

Et comme ca on r'vient a Do-o-o-o

(訳)

Do Doは

Re 黄金の太陽の光

Mi 全体の半分

Fa 歌うのは易しい

Sol 貴方の歩く大地

La 貴方の住んでいる場所

Si 黒鶫(くろつぐみ)のさえずり

さあ Doに戻りましょう


トルコ語

Do dir kullah(*) dondorma

Re masmavi bir dere

Mi denizde bir demi

Fa denizde bir tayfa

Sol papatyali(*) bir yol

La yagmurdan(*) bir damla

Si ilknurun kedisi

Do bir kulalr dondorma

(*)トルコ語文字化けするといけないので、u 、i 、g で代用

(訳)

ドは 1カップの アイスクリーム

レは 真っ青な 1つの渓流

ミは 海に 一隻の船

ファは 海に 一人の船員

ソは 真白菊の咲く 一本の道

ラは 雨から 一滴のしずく

シは イルクヌル女性名前)の 猫


英語直訳版:

do wa mesu no shika

re wa hi no hikari

me wa watashi desu

fa wa tooi no koto

so wa hari de nuu

ra no tonari wa so

ti wa pan to tomo ni

soshite mou ichido

三重県公立中学校英語教材として用いられた。

https://web.archive.org/web/20071005084349/http://danceart-web.hp.infoseek.co.jp/doremi.htm

2017-10-22

anond:20171022025631

WindowsファイラーDOS時代CUIを便利に使うためのツールから発展してるが、

GUI最初から装備していたMacはその必要がなかった。

まりMacではシステム標準のFinder以外のファイラーを使うニーズそもそもなかった。

適当妄想

  

Windowsだと複数ウィンドウを同時に開けるエクスプローラーが常に一つでタブ方式ドラッグドロップファイルコピーだけで移動がない

新規Finderウインドウことなファイル新規Finderウインドウ(またはコマンド+N)で複数開ける。

「タブ方式ドラッグドロップファイルコピーだけで移動がない」ってのはどういうことか分からん

しろ移動がデフォルトでoption押しながらだと複製になる仕様だと思うが。

  

ところで、フォルダ右クリックすると「新規タブで開く」しか出てこなくてすごく悩んでいたんだが、

環境設定で「フォルダ新規ウインドウではなくタブで開く」にチェックが入っていたことに今気づいた。

  

2017-05-02

サイトダウンに対するフリーブックスのアナウンス

http://anond.hatelabo.jp/20170501185419

フリーブックス運営アナウンスより引用

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2017/05/01 22:39

16時頃より断続的にサイトが表示されない状態が続いており大変ご迷惑をおかけしております

発生直後より現在も復旧作業にあたっています

多数サイト閉鎖の心配のご連絡を頂いておりますが突然の閉鎖は御座いませんのでご安心下さい。

ユーザーの皆様にはご迷惑をおかけしますが、復旧まで今しばらくお待ち下さい。

2017/05/01 23:37

サイト復旧のお知らせ】アジア時間16時頃よりサイトに対するアタックを受けており、断続的にページが表示されない状態が続いておりましたが、現在改善され徐々に表示されております。引き続きメンテナンスを続けているため、タイミングによっては一時的に繋がらない場合がございますので、その場合時間を置いて再度アクセスいただけますようお願いいたします。

時間にわたりご不便をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。今後は再発防止に向け、メンテナンスの強化を行ってまいります。至らぬ点もあり恐縮ですが、今後ともフリーブックスをよろしくお願いいたします。

--------------------------------------------------------------------------------

引用ここまで

今回の増田アクセスが倍やそこらに増加したところで、自前設備でなくCDNを使っている以上、

時間のダウンは考えにくいから実際にDDOSを仕掛けた人がいたのかも。

…というのが、普通の受け取り方だろうけど、Alexaランク国内300位クラス結構ザコなので、※後述

CDN側もたいしたキャッシュサーバーリソースを割り当ててない/動的割り当てで対応する契約上限量

にひっかかって放置、ってだけかもしれないので本当にDDOSかは不明

なんせ元々Cloudflareは(アカマイやアマゾンに比べればだが)日本設備がかなり貧弱なCDNで、

しろDDOS対策の方はそれなりの水準なんで、公式アナウンスの「アタックを受けており、」を

そのまま受け取ると、「Cloudflareご自慢のDDOS対策やWAFはどーなったの?」って話になるんで、

まり額面どおりに受け取れない感じ。

まあ情報が無い以上、自分では実際の所ははなんとも…

さて、このダウンでのフリーブックスのダメージだけど、

Cloudflareの料金体系上、トラフィックの増加は $0.05/10000request くらい

(Buisinessプラン場合。恐らくその上のEnterpriseプランなのでもうちょい安いかも)

なので、一時的なトラ増での支払い増加だけの話では、それなりのダメージになっているか微妙かも。

Cloudflareはどうやら転送量でなくrequest数を基本に料金を考える珍しい料金体系のCDNで、

しかDOSアタックのようなbad requestは勘定に入れないようだ。)

しろサイト信頼性低下の方が痛いでしょうね。

※ザコ

例えば、はてな国内Alexaランクは、

18位 2ch.net

19位 Hatena.ne.jp

20Github.com

21位 Naver.jp

22位 Goo.ne.jp

23Hatenablog.com

http://www.alexa.com/topsites/countries/JP より抜粋

というあたりで、300位台のフリーブックスなど鼻で笑うくらいのトラフィックである

もっと元増田氏が危惧するように、すぐこの辺まで来そうな破竹の伸びではあるのだが。

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118011321

英語フランス語dossierは false friendsフランス語では faux(-)ami フォザミ )じゃないよ。

フランス語dossierも「一連の」書類、「ある件の」関係書類の事を指すから

まり"dossier"は、英語では「調査捜査資料関係書類」という意味になるようだ。

この単語仏語にもあり・・・というよりは明らかに仏語発祥で、こちらでの意味は単に書類、つまりdossier (fr.) = file (en.)となる。しかdossier (fr.) != dossier (en.)というわけ。


ちなみにdossier の語源は、書類を綴じたファイルの背(dos)にタイトルを入れた事。

ここから、(そのファイルにある)「情報」、(そのファイルに関連する)「問題」という意味の広がりもある。

avoir un dossier sur M.Trump (トランプ氏に関する情報を持っている)

ouvrir/fermer le dossier (le dossier を開く/閉じる=その件の調査を始める/終わる)

他に書類を指すフランス語には papiers という言葉もあるね。これは英語 papersにも同じ意味があるのはThe Panama Papers(パナマ文書)でお馴染み。

ただしPanama Papers はフランスメディアPanama Papersとそのまま英語で呼んでるけどね。

2016-12-26

客先常駐SEもどきとして10年近く働いているが心が折れそう

20代後半 高卒 子持ち 手取り18万弱 貯金無し

増田は初めて書く。

行き詰まりを感じ、本日会社を欠勤しこの記事を書いている。

だらだらと書くがご了承いただきたい。

20代前半の頃に異業種からIT業界転職した。

就職後2週間程の研修で客先へ一人出向した。

研修の内容はOSI参照モデル説明をせよといったものであった。

研修もそこそこの状態での出向はとても不安だったが、当時はそういうものかと覚悟を決めていた。

打ち合わせで飛び交う単語意味がまったくわからないが、知らないとは言えず、また近くに聞ける上司がいないので笑顔で流し(時にはなじられ)ながら毎日e-wordsなどにかじりついて付け焼き刃的に調べた。

そうして雑用的なプロジェクトにいくつか参画した後、企業システム運用チームの常駐案件に参画し数年間従事した。

その運用チームでは手順書に沿ってサーバ増設管理をした。

超過時間が多く当時はコアタイムが終わるたびにそれなりの達成感を感じていたが、これといったスキルは身についてはいない。

この時点で5年以上が経過していた。

その後次のプロジェクトへ、といった話が出た時に自身スキルシートを更新上司営業へ出したところ、「これじゃ弱い」という事で経歴がサーバ運用からサーバ設計+構築経験などの技能に書き換えられた。

業務内容の復習のために自宅で環境を構築した事はあるが、業務レベルでの設計や構築に関してはアーキテクチャ理解できていないので経験があるとは言えない」と言った。

返答は「まずは案件に入ってそこの現場学習すれば問題ない。あとは君の努力次第だ」だった。

次の案件は今までと毛色の違う、とあるパッケージ製品提案製品をのせるサーバ導入+コーディング作業案件であった。

結果として半年従事撤退となった。

理由コーディングが全くできず、習熟の見込みも薄いためとの事だった。

何とかしなければと思い家で調べたりはしたが、付け焼き刃の知識では役に立たずタスクを振られる度に頭が真っ白になりコーディングの進捗はあげられなかった。

そもそも即戦力として求められていたので経験もなく自社のバックアップもない状態では当然の結果だ、と思いたい。

落ち込んだが、次に活かそうと踏ん張った。

その後またいくつかの雑用的な案件に参画し、現在とある基幹システム設計、構築業務二次請けとして従事している。

入る前は設計業務の補助という事であったが、実際は設計業務は丸投げに近い状態担当者体制図上に記載は無いが実質私になっている。

プレッシャーでずっと胃を掴まれている様な感覚を常に感じている。

システム設計書のフォーマットから見様見真似で書き出し、レビュー依頼を出し、日程調整をしても、当日になると何かしら用事ができた、との事で参加者0という事が多々あった。

※その用事は早退して飲みに行くという人がいた事も人伝いに知った

仕事へ行くのが嫌になってしまった。

今まで受け身に仕事をしていたので自業自得なところもあるだろうが、

もうクライアントの顔色を伺い、ごまかし、仕事を続ける事が本当に嫌になってしまった。

今まで勉強会イベントに出てみようかと思ったこともあるが、「知らない」と相手に伝わる事に恐怖を感じてしまい、出たことがない。

また、そもそも最低限のLinux/Dos コマンドが使えるだけでプログラミングができる、とかサーバサイドの設計ができるわけでもないので話にほとんどついていけない。

転職した当初はPCを組んだり、Linuxインストールしたりする事にとても感動し、ウキウキしていたが、

業務ではとにかく否定罵倒されることが多かったので、今はその手の話をする事によって自身無知を知られる事が恐怖になってしまっている。

それをごまかす事にも疲れてしまった。

また、毎日生活が本当にギリギリで、家事子育て後に勉強しようにも気持ちが切り替わらない。

家族には不自由をさせてとても申し訳ないが、今はとても辛い。

転職しか選択肢は無いが、はてな技術系のホッテントリを見るたびに自身スキルの無さに打ちのめされる。

打ちのめされている場合ではないが、どう動いて良いのかわからない。

とにかくまずは何かしら成果物を作り、転職活動してみるか。

そしてゆくゆくは食べれる範囲自営業生活しよう。

まずはこの胸のつっかえをどうにかせねば。

取り留めないですが以上です。

失礼しました。

2016-07-31

私は古参オタクが羨ましい


私は古参オタクが羨ましい

秋葉原電気街BCL用のラジオを買いに行き

放送局受信報告書を送ってベリカードをもらっていた全盛期のBCLオタク

PC-98DOSを動かし

16色で構成された美少女ゲームにいそしんだオタク

国鉄最後の日に居合わせオタク

パソコン通信時代から

2ch時代までを見守ってきたオタク

電気街からアニメの街、そしてビジネス街に変わる秋葉原を見守ってきたオタク

犯罪者扱いされながらもコンテンツの維持に努力してきたオタク

勿論、今でも体験できるものもある。PC-98ゲームなんかがそうであろうか

でも、あなた方が味わってきた感動を味わうことは出来ない。

なぜなら我々は24ビット1677万色フルカラーの申し子だからだ。

段階を踏んでモノクロ→16色からのいろいろあって1677万色のほうが感動が大きいだろう。

貴族がその生活享受しながら庶民生活に触れるようなものだ。

真新しさという感動はあるがそれ以上はない。

しかしながら庶民貴族生活に徐々にクラスアップしていく過程の感動は大きいだろう。

まりは、そういうことなである

今のオタク以上の感動を味わってきた古参オタクあなた方が私には羨ましくてたまらない。

2016-05-07

小学校プログラミング必修化について思うこと

僕は小学4年男児もつプログラマ

僕の場合ワープロからはじまり、物置に眠っていたBASIC機をいじり倒し、叔父から譲り受けたDOS機をいじり倒し、小学高学年の頃にはプログラマになることを決めていた。

そんな僕も今や一児の父だ。定時で帰れる日は息子に勉強を教えている。彼の理解力や興味に合わせた手書きドリルを作って、学校の授業ではわからなかったところをサポートしている。今では満点をもらえることも増えてきた。同僚に技術指導をする機会が多いが、当然ながら息子に教えるほうがはるか簡単だ。

そんな僕が思うこと。

プログラミングを必修化したところで成果は得られない。

プログラミングに入門させるくらいならエクセル教室でもやったほうがいいだろう。どんな業界でも表計算必須と言えるし、興味があれば思うままに使って遊んで覚えてくれる。子供に教えられる家族も、それなりにいる(期待はできないが)。

ちなみに、表計算は、プログラミングエッセンス必要とする。変数、条件分岐、繰り返し、関数、これらはどのようなプログラミング言語の基礎となる概念だ。

さておき、プログラミングを教えるとして、どんな言語だろうが、"Hello World" がはじめの一歩だろう。その次は変数変数を教えるのは難しい。「箱に入れる」という比喩理解できる子とできない子に分かれるだろう。四則演算と同様に、ここでつまづくと先はない。それからも、条件分岐、繰り返し、配列関数、ここまで来れるのだろうか。

プログラミング言語は覚えたとしても、論理の組み立てができなければ、モノはつくれない。言語を覚えることと論理を組み立てることは、必要とする能力が違う。単語を覚えたところで、ネイティブと話すことはできない。人間ならば、単語だけでも曖昧さを補完して理解してくれるが、プログラミング言語は書いた通りにしか動かない。おそらくプログラミングに苦手意識を持つ子供が増えるだけだろう。

プログラミングより先に、外国語教育を充実させたほうがいい。

そして、基礎的なIT教育をするのなら、表計算のほうがいい。

2016-03-31

http://anond.hatelabo.jp/20160331115620

dosが意外に売れてたことを知って最近驚いた

奥田民生代表曲と聞かれて「イージューライダー」でなく「愛のために」と答えたらおっさんだなぁと思う

2016-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20160107124529

なにいってんのかよくわからないけど

DOSってなにできるんだ?マイコンかこれ?という感覚なのか

2015-12-23

人力検索はてなで今年印象に残った質問6つ

人力検索はてな は今年も順調にさびれていって、もはや誰もいないんじゃないかというぐらい閑散としています

しかし、その中でもたまに良い質問があるので、今年印象に残った質問ピックアップして紹介したいと思います

2月

ほほえみ忘れた顔など見たくはないのですが、愛をとりもどせますか?

【寸評】ベストアンサー

3月

あるアニメで、日本からエジプトに旅をする話があるのですが、…

【寸評】いったいどんな奇妙な冒険なんだ...

6月

いつもレンタルショップで「いい男が走り回る映画が観たい」と思うのですが、…

【寸評】人力検索の正しい使い方だと思います。回答も良い。

7月

曲名を教えて下さい「てーれーれてれれてーれーれー(和音)」…

【寸評】これ系の質問はたまに見かけますが、なぜこれで答えが出るのか謎です。

9月

ドスパラの、DOSってなんですか?

【寸評】人力検索には低年齢層もいるのであながちネタとは言い切れません。

11月

【パワハラでしょうか?】先日、中途で大きめの会社に転職しました。…

【寸評】お、おう・・

まとめ

いかがでしたでしょうか?

人力検索面白い質問もっと見たいという方は、はてブフィルタ機能で探してみてはどうでしょうか。

良いお年を

2015-11-22

Windowsバージョンアップするたびに文句がでるが

3.1→95→98→ME→2000→XPVista→7→8→10

バージョンアップするたびに、使いにくくなったとか不安定になったとか文句がでるけど、あれは一部の声のでかい連中だけだよな。

オレは一度もそんなの感じたことないわ

3.1から95に上がったとにも、エクスプローラーは使いにくいからって3.1のファイルマネージャー使い続けてる人とかい意味不明だったわ。

DOSから3.1になったときにもFD使いつづけている人いたし。

・使いにくくなった→適応性の著しく低い残念なひと

不安定になった→マニアックに変なアプリドライバーをを入れてる

だと推測してる。

2015-08-19

僕のいつまで経っても初心者プログラミング

タイトル通り、ちょっとでも詳しい人なら情けなくなるレベルでさえそこに達するのに何年も掛かった。

何せ、本業どころか趣味ですらないし、たぶん一般的プログラマとは全然違う。

ともかく、レベル的にはがっかりするような話であることは最初にどうしても断っておきたい。

 

事の始まりは前職の会社就職した時のことである

非常に特殊仕事で、ある環境計測データ現場で測定し、それを持ち帰って取りまとめて分析して報告書を提出するのが主たる業務の会社であった。

世の中にはほんと色んな仕事があるもので、そんな業種があるなんて務めるまで聞いた事もなかっただけど、パソコンという文明機器に触れたのも僕はその会社が初めてだった。とても古い話でお前いったい何歳だ?みたいな。

 

なので、その最初に触れたPC-9801シリーズの型番は言わないが、勤め始めた時にその会社にあったHDDは外付けでSCSI接続されたものがたった一台あっただけ、とは言っておこう。

環境計測データを取り扱うのが主たる仕事からパソコンデータ処理出来なければ仕事にならない。

その計測機器基本的に、当時は計るだけであり、記録データと言えば、記録紙にペンで波形記録してくれるレコーダーや、分析値を印字出力してくれる分析器、あるいはまた磁気記録によるデータレコーダくらいしかなく、今みたいにパソコンどころかメモリーカードや、スマホデータ記録といった直接AD変換記録してくれるものなんてなかった。

・・・いや、あるにはあったけど、そのAD変換機器パソコンをつないで自家製プログラムで処理したりしていた。

とにかく、アナログ値をどうにかしてデジタル値に変換するのは、手入力やらプログラムやらで処理するほかはなかったから、それなりにプログラム技術をどうしても身につける必要があった。

 

一番最初に書いた、ちょっとはまともに動くプログラムとして憶えているのは、サインとかコサインみたいな計算をやってパソコン上で波形を構成し、その値を使ってXYペンプロッターで作図する、というものであった。

ペンプロッターなんて今でも生きているのをたまに見る事があるけど、今は普通にプリンタだよね。

でも当時は、プリンタで作図したものを打ち出すとかありえない世界だった。ドットインパクトプリンタ?くらいしかなかった。

感動したよ、実際には今とは比較にならないほど極超低速だけども、滅茶苦茶にウィンウィン素早く動くペンに感動したもんだ。

僕が書いたとおりに動く、と言う感動。

言語はN88-Basic

ペンプロッタをRS-232Cパソコンと繋いで、描画命令を送るとその通りに動く。

但し、プログラムバグがあると紙とペンのインクを無駄にする。

僕はそこからプログラムを書くという魅力に取り憑かれるようになり、その会社では在職期間中、多分数で言えば一番プログラムを多く書いたのではないかと思う。と言ったって小さなさなプログラムばかりだが。

なお、それから何年か経ち、レーザープリンタが導入されたけども、作図のやり方自体は変わらず、プリンタに直接描画命令を送って、みたいなやりかたをしてたよ。だって当時、レーザープリンタを買うと漏れなくコマンドマニュアルが付いてきた時代だったしね。

 

しかし、言うまでもないけど、DOS上で、いちいちエディタを使ってBasicソースコードを書き、保存してrunさせるという一連の手続きはとても面倒で、N88-Basicは行番号を行ラベル、GOSUB~RETURNという感じでのサブルーチン処理が出来たくらいで、例えば変数初期化を忘れて気付かずに同じ変数名でサブルーチンを使ってしまうと、最悪ハングアップしてどうしようもなくなり、リセットする羽目になること屡だった。

から自家製ブレークポイントと言うか、STOP命令ソースのあちこちに書いて、うまく行けばSTOPを削除するとかコメントアウトするとかは必須な当時だった。

 

そんなこんなで勤めてから半年くらいで確か社長マイクロソフトのQuickBasicを買ってきた時にはほんとに感激した。

構造Basicであることもさることながら、統合開発環境ほとんど全てやってしまえるってのが如何にすごい効率化を生むかを知った。

汎用サブモジュールを作ってしまえば、あとはそのソースファイルを読み込んで、引数与えてサブルーチンを読めば同じ記述を何度もこぴぺする必要から開放される。

あるいはもう、バイナリライブラリファイルにまとめて、クイックベーシック起動時にスイッチで読み込むバッチファイルとしてしまえば考える必要もない。

さらに、exe形式の実行ファイルも作れてしまい、特定の処理のためにいくつもそれ用に実行ファイルを作っておけば、プロンプトから一発で様々な処理が出来る様になった。

 

QuickBasic時代が一番多くのプログラムを書いたと思う。もちろん、数だけの話で行数や文字数ではないけれど。

しかしそれは、僕にとってのプログラミング世界を狭小なものにしてしまった。

ちっとも勉強しなかったと言えばそれまでだけども、僕はいまだにBasic言語しか使えない。

Cやらその他の言語を書けなくはないのだけど、Basic言語で先ず考えて、みたいな頭に出来上がってしまったみたいである。

 

いや実のところ、早いことBasic以外の言語も覚えたかったのだけど、その会社社長がそれを許さなかった。

一度、Pascalを使ったプログラムを書いた事があったのだけども、社内で僕以外の他の誰も触ることができないと言う理由で禁止されてしまった。

社長は元々FORTRANから始めた人で、BASICと非常に良く似ていると言う理由で、会社を立ち上げた時からBASIC一本やりだった。

彼はそもそもプログラムは書いたとしてもプログラミング技術にはあまり興味がない人で、とにかく仕事のために問題なく動きさえすればよく、言語などどうでも良かったのである

からプログラムスピードアップのためにC言語の導入を僕が進言した時には「それを覚える時間無駄」と取り合ってもらえなかった。

Windows時代になってVisualBasicが導入されてもそれは変わらなかった。

VisualBasic6.0にもなると、純粋オブジェクト指向ではないが、それなりにオブジェクト指向っぽいことは出来る様になっていたし、オブジェクトを扱う方が、サブルーチンコールだけに頼るやり方よりもずっと能率的だって事くらいは分かっていたので、僕はオブジェクト指向っぽくプログラムを書きたくて仕方がなかったのだけども、社長ユーザー定義変数を使うことすら許さない。

VisualBasicから最低限、フォームやらコマンドボタンを使う必要があるから、それらのプロパティメソッドなどを使わざるを得なくなっていたし、社長も使っていたのに、いざクラスを書こうとすると滅茶苦茶怒られた。

「一つ一つのプログラム会社資産であり君のものではない。別の人間保守できなければ、君がいなくなったらただのゴミだ」

というのが彼の口癖だった。

 

なので、構造プログラミングレベルで工夫するしかなく、それから数年後に辞めるまで、僕は構造プログラミング技術を磨き続けただけで進化は停止してしまったのである

Windows環境になり、VB5以降にもなると、プログラムはどんどん肥大化して行った。

DOS時代のようにメモリを気にする必要があまりなくなって行き、1つのプログラムで様々な事が出来る様になると、困った問題が1つ重くのしかかるようになって来た。

社長フローチャートを書かないと絶対に許さない。

どんな小さなプログラムでも業務上で使うものである限り、自分しか使わないユティリティーレベルのもの以外については、絶対フローチャートを提出し確認を貰う必要があった。

細かな変数やら関数やらのドキュメント仕様書は、ソースコード内に所定の様式コメントを書けばそれでオッケーだったが、小さなサブルーチンでさえもそれが存在する限り、細かくフローにしないとダメなのだった。

入社当時こそ、それが非常に勉強になったし、他人の書いたプログラム理解するのに役立ったのだけれども、慣れてくると煩わしくて仕方なかった。

だいいち、うちの会社プログラムを外部に売っているわけではない。

データ処理や分析など、業務に必要から作っているに過ぎない。

流石に、稀にある、ソフト設計自体重要意味を成す業務では、詳しい仕様書をまとめて、その仕様書を通して取引先とやり取りしたりしていたけども、そんなのは滅多にない話だったし、汎用プログラムでさえも、一回完成させたら、その中身を見ることなんか滅多になかった。

実際、不具合があったらフローチャートなんか見ずに、誰もが直接コードを叩いて直したりしていただけだし。

 

DOS時代の時は、そんなに大きなプログラムは書けなかったので、フローチャートもそんなに面倒ではなかったが(そもそも僕はめんどくさくなると業務自体を早く終わらせたいのでソースを完成させたあとにフローチャートを起こしていた)、VB時代になるとフローチャートがあまりにも複雑怪奇になって行き、そんなフローチャートを例え完璧に作っても、誰も読んで理解しようとは思わないくらいにさえなっていった。

僕以外の社員も実際困ってて、そのせいでみんな夜遅くまで残業するようになっていった。

社長はどうかというと、社長業が忙しくなり、自分プログラムする事は滅多になくなったし、あっても少しサブルーチン的なところを書いたりとか、大雑把なフロー書いて、実装社員に任せっきりだった。

但し、社員の作ったプログラムフローには絶対に目を通す人で、ソースコード自体はあまり見ないが、フローがしっかりしてないと何度でもダメ出しをし、社員社長のオッケーが出るまで何度も書き直さないといけない。

 

で、ある業務で、いつものようにプログラムを先に完成させてフローに起こし直していた時のことだった。

どーせソースコードなんか見ないだろう、と辻褄の合うようにだけフローを書き、実際のソースとはかなり違うフローチャートを提出し社長にオッケーを貰った。

ところが、その業務で追加の仕事が発生し、時間的に僕では無理で、社長が僕のプログラムを触るしかない状況になった。

フローとあまりに違うソースコード社長激怒し、しかしそれまでめんどくさいフロー起こしに鬱憤を貯めていた僕もその鬱憤を晴らすかのごとく、かなり暑くなって反論し返してしまい、もう少しで暴力沙汰になる手前まで口論して、それから数日後、僕は辞表を提出したのであった。

 

その会社を辞めてから、次の仕事は全く関連のない無関係な全く違う職種になり、パソコンこそ触るものプログラムなんか書くことはなくなってしまった。

DOS時代パソコン通信フリーソフトを二つほど作った事がある程度で、必要に迫られない限り、プログラミングをする人間ではない。

ただ、当時どうしても許されなかったオブジェクト指向だけはいつの日かチャレンジしてみたいなぁとは思っていた。

それで、あるとき思い立って、何度か仕事で生かせないかなぁと思い、エクセルVBAを使って、昔取った杵柄じゃないけども、こそこそプログラムを書くようになり、もしかしてオブジェクト指向的に書けばちっとは勉強になるかなぁとやってみたのではある。

しかし、大雑把な初歩的・概念的なことは知っていたけども、実際、オブジェクト指向プログラムしようとしても、構造プログラミングをあまりにもやりすぎたせいか、どーしてもオブジェクト指向的にならない。

歳を食ったせいもある。頭が新しいことを憶えたがらない。

クラス設計書であり、インスタンス実体である、とか言われても理屈こそ分かっても頭が理解を許さない。

フローチャートロジックばかりが頭に浮かんでしまい、インターフェース的な理解をしようとしない。

 

最近になってようやく、少しはまともなオブジェクト指向が身に付き始めたんだけどね。

ほんと、こんな歳になって、いったい何年掛かったのやらw

 

長々と、単に自分記憶を掘り出しただけの文章披露してみただけで、ごめんなさいです。では失礼。

2015-06-03

Windows3.1の頃らへん

そこら辺のバージョンWindowsって仕事できてたの?

ようやくNT系でしっかりしてきたか

(落ちたりクラッシュしにくくなった)

そこのバージョンの所から業務としてまともに仕事できてきた感があるけど、

やっぱりデザイン系は昔は圧倒的Mac

その他はDOS仕事してたのか?

それとかWindows3.1やらって娯楽的なものだったのか?

仕事で使えたんだろうか?

パソコン通信かな、インターネットあるかなかったかの頃だろうし

Windows3.1で仕事できたん?

2015-03-11

スマホ、遅すぎるので、

DOSとかファミコングラフィックぐらいのモノにしたOSないかなー

2015-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20150209012042

15年くらい前と比べると敷居が下がってオタクになりやすくなった。

ここ数年のオタな人と話していると、ジェネレーションギャップを感じるのは確か。

ガンダムで見たことがあるのはSEEDあたりからで、初代ガンダムあたりのコアな話が通じない。

美少女ゲーム最近の話は通じるけれど、DOSゲーあたりの話はさっぱりしないしねぇ。

そもそもDOS自体を使えるのだろうかあやしい

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.06 『墓場まで45分~1999年上半期総括』

■本文。

 今年上半期の美少女ゲーム業界を見渡すと、市場の拡大に伴う、保守化の流れに向かいつつある感がある。これは、おたく業界全体が内包している問題ではあるのだが、正直な所、拡大する市場を追いかけるのは既に辛くなっている。個人的にも、久々に行った秋葉原で、ギャル絵の洪水に立ち眩みがしたのも確かだ。

 さて、コンシューマ市場肥大したが故に、一般性の高さが必然となっていった。例えば、ドリームキャストの失敗は、古くからセガファンが放つ、マニアック重力から作り手の側が脱する事ができなかったが故の悲劇とも言えるのだが、一般性ばかりを追い求める状況は、作り手の側にも不満が蓄積されていく。

 その、取り残された創作性を実現させる場所として、美少女ゲーム業界が成立したという背景がある。実際、筆者が一番面白かったのはDOSからWINDOWSへ移行する過渡期で、けったいな野心作が多く出た時期だったのだが、その後、市場として、成長・拡大すると、やはり、メディアミックスなど、資本主義的な視線が入り込んできた。

 そして、今の美少女ゲーム業界は、昨年来からレーベル数の増加と、タイトル数の増加と反比例するように、ゲームジャンル多様性が失われる傾向が生まれている。タイトル数の増加の背景に、発売サイクルの短期化があり、制作期間の短縮に伴い、システムシナリオ練り込みが薄れている作品も多い。バグなどの不具合の発生が日常茶飯事になっていて、インターネット上での差分ファイルの配布が流行している現状に至っては、もはや何をいわんかや、という感じでもある。

 不幸中の幸い、筆者はそういうゲームにあまり遭遇したことはないのだが、シナリオ練り込みが足りない上に、一時間程度で終わるゲームの為に一万近い金を出すのは、効率が悪いよなあ、という心境は間違いなくあるだろうと思われる。また、メイドもの恋愛ゲームタイトル数の半分以上を占めるという状況では、やる気そのものが起きなくなってくるのは事実だ。

 まあ、メディアミックスを基盤とした企業複合体のシステムに組み込まれ大手では、実験的な企画はほとんど通らないという話もあるし、一獲千金を狙う中小メーカーも、安全パイの企画しかさない所が増えた。市場が拡大すればするほど、ジャンルが逆に淘汰されていくというのは、当然と見るか、皮肉と思うべきなのだろうか……。

 このような、メーカー側の風潮と相互作用しているであろう、ユーザー側の意識についても、前回、「オブジェクト嗜好」と指摘したように、非常に即物的な傾向を示している。キャラクターの消費サイクルが非常に早くなっているため、自己内面においての批評的な掘り下げが生まれなくなったのだ。

 既に、ゲーム誌の編集者すら、全体を把握しきれない程、美少女キャラクターが氾濫している現在市場状況では、その心性に惚れ込むのではなく、快楽的な記号の組み合わせだけで、売れ線のキャラクターが成り立ってしまう。あまりにも多い選択肢対峙した時、人間というのは表層的で直接的な視覚イメージを優先してしまうからだ。

 ところが、快楽的な記号を積み重ねれば積み重ねるほど、どんどんキャラクターフリークス化していくし、リアル少女から離れれば離れるほど、逆説的にキャラクターイノセンスを獲得して、ユーザーヒーリングされる……といった構図になっているのだろう。多分。

 何故、おたくセックス観がリアルな肉体から遠く離れなければならないのかを考えると、それだけでこのコラムの3回分になってしまう位に深くて浅い問題なのだが、やはり、日本特殊フェミニズム環境が背景に存在しているような気がしてならない。これほどまでに、二次元美少女を消費しなければならない、内的な問題はいったい何なのかについては、また改めて書くとしても、これらの背景に、戦後日本の構築した、過剰な消費社会ターゲット若者のみに向けられ、若さの素晴らしさや、青春幻想メディアが強調しつづけた蓄積の結果であると思われる。その副作用として、「オブジェクト嗜好」も含めた、おたくの奇妙な性嗜好が構成されているようにも思う。

 これは、日本独自フェミニズム的なものに対する、無意識下での抵抗と位置づける事もできるし、その中で形成された美少女概念現実のズレが生み出した現象ともいえる。現に、美少女ゲームにおけるヒロイン像の大半が、十代中盤の保守的少女に設定されているのは、当たり前と言えば当たり前だが、不自然といえば不自然でもある。だが、少なくとも、筆者はこの状況を全面肯定できるほど、気楽にはっちゃけられないのだ。

 しかし、同じおたくの枠に括られているとはいえ、メタ的なものフェミニズム的な表現を賛美するサブカル好きなおたくと、ひたすら癒しを求めて空想世界依存し続ける昔気質おたくは、明らかに正反対の方向を向いているし、それ故に、前号の本誌「オタク定点観測」にもあったが、双方の感情的な対立も表面化している。だが、前者には普遍化させようという意志が欠けているし、後者には相対化する視点が欠けているので、おそらく、どこまで行っても歩み寄ることはないだろう。

 まあ、自分のことは棚に上げるが、本誌のコラム陣もまた、サブカル否定おたく保守の傾向が強すぎるようにも思うし、最近はあらゆる所で極端な対立が起きるので、さすがにどちらかに与して云々という気持ちも無くなってしまったのだが、おたくという言葉が生まれて、15年の歳月が経ち、その括りだけでは収まりきれない時代になっているのだろう。美少女まんがはそれぞれのニーズに応えようとして、遂に80誌を超えようかという所まで肥大してしまったが、ならば、美少女ゲームはどうなっていくのだろうか?

 加えるならば、前回の原稿を書いている時にインターネット上でぶつかった、萌え派と泣き派の思想的対立というのも、拡大する市場と、それに伴う価値観拡散に伴う混乱、そして、批評軸の喪失といった状況が、結果、ユーザー思想脆弱にしてしまったという意味では、分かりやすい例だと思う。

 快楽記号が多くてキャラクター萌えられるから良いゲームだ、とか、心の琴線に触れて泣けるから、良いゲームだ、というのは、はっきり言って、どちらも同じ穴のムジナだし、良いゲームかどうかを決めるのを、一元的価値観のみに拠って決めること自体が、ゲーム本質を歪めているようにも思うのだ。そして、作り手の側も、「時代がそれを求めている」とかい言葉で、その表層的な状況をそのまま受け入れているようでは……なんだか、ヒヨコが先か、タマゴが先か、といった話になってきたのだが、もう、この世界は良い方向へ向かうことは絶対にない、と言わざるを得ない。これは、鬱のせいばかりじゃないと思うし、美少女ゲームに限った話でもないのだ。

 批評軸の無い世界自由に限りなく拡散していくのだろう。だけども、空洞化した世界には秩序は生まれないし、結局、内面の闇から逃げる為に、無意味祭りを繰り返すのだろう。そして、絶望祭りを行ったり来たりする筆者の心は、まるで墓場酒場を行ったり来たりする沢田研二のような気分なのだダバダバダバダ(意味不明)。

■暑くて憂鬱な夏の総括。

 なんか、またゲームの話をしなかったなあ、このコラム最初普通にゲーム評をやるつもりだったんだけど、すっかり別物になりつつあります。ごめん。しかし、ゲームのことを書くと、褒めても褒め方が気に食わないと文句付けられるらしいので、いっそ全く書かない方がいいのかも知れない。まあ、これは某メーカー広報誌と化した、とあるコンシューマゲーム雑誌で書いている友達台詞なので、美少女ゲーム誌では、そんな事はないと僕は信じているけどねっ☆

2014-09-27

妹が科学コンテスト飛行機を飛ばすテストをだされ、全くできなかったとぼやく。

勝ったのは主催中学校の人たちで、コツを知っていてズルい、だとか。


飛行機を飛ばす科学ってのは、中学生レベル理解できるようなものではない。

コツを知っているということと科学を知っていることは違う。

悪問だと思った。


それでも、科学を利用しているモノに興味をもっているかをみるという点では面白い問題ではあると思った。

どんな飛行機を使ったのかしらないが、今の子たちはたぶん、紙飛行機でも模型飛行機でも遊んだことがないんじゃないか。


そんなことを考えていると、自分はそういう経験はたいていのことに対してあるようだ、と気づいた。

そして、なんていうか、自分は、ある意味最高の教育をきたといえるんじゃないかって思った。


模型飛行機飛ばしたことがある。

凧も揚げた。

砂鉄も集めた。

電子ブロックもやった。

簡単なロボットプログラミングもした。

たくさんの電子機器をバラした。

家にはDOSパソコンがあった。

しか昆虫博士だったし、河川敷秘密基地みたいなものだった。


はいかなかった。

特別教育をうけたこともない。

それでもやっぱり、自分は最高の教育をうけてきたといえるんじゃないか、

そう思った。





#追記

自分環境はよかったけど妹の環境はよくなさそう、で終わらせたくはない。

妹には最高の環境で育ってほしいと思っているし、そのためにできることはしているつもりだ。

例えば自分高校理科3科目、社会3科目はセンター9割得点できるぐらいにはたたき込まれたから、

その知識からいろんな解説をしてあげるなど。

もちろんモノだって必要だと思ったら与えている。

そういうわけで早速、駅前模型屋でライトプレーンを買ってきた。

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