はてなキーワード: apple TVとは
年始の初売りでギフトカードを貰えるというので、ちょうど買おうと思っていたApple TVを買った。
すると翌日、発送のお知らせと3000円分のギフトカードがメールに届いた。
さて、これでゲームでも買おうかとアカウントにチャージしようにもできない。
おや?と思って調べてみるとしてやられた。こいつ、Apple Storeでしか使えないらしい。
App StoreではなくてApple Store。
つまり、本体やら周辺機器やらケーブルなんかを買うことしかできない。
Appleのブランド価格にまみれた製品なんて、本体以外だれが買うんだよ。
Air podsは性能に対して高すぎるし、他の製品は割高すぎるし、何かの本体買うには3000円なんてなんの足しにもならないし。
欲しいもの
「MacBook Pro」「MacBook」「iPad Pro」「Surface Book」「Surface Studio」「Surface Pro」「Tesla Model S」「Tesla Model X」「Weston ES80」「HUAWEI P20 Pro」「iPhone 8 Plus」「Apple Watch」「Apple TV」「Audi A8」「PS4 Pro」
追記
全部買った後に満足して父と母に計1億円渡した
残りは他人の為に使おうと思う
子ども食堂でもやる事にしたよ...
WWDC2015観たがApple大丈夫か?みたいなのと、そのブコメを読んで、急にスッキリした。
Appleは、表で魅了するビジョナリストと、影で徹底するリアリストの両輪の会社だったんだな、と。
Appleは、特にジョブスが追放後に復帰してからは、「Cool」なブランドイメージの構築にシャカリキだった。
だからこそ、クールで無いモノはアッサリと捨てられた。皆が早すぎると思うタイミングで。
フロッピーディスク、Flash、CDドライブ、イヤホンジャック以外のインタフェース。
逆に言えば、それ以外の「基幹的な技術」は、大したことが無かった。
Appleはクールなブランドイメージとは裏腹に、絶対に逆鞘にしない会社だった。
どんなに高いと言われようが、利益にならない製品は売らなかった。
逆に言えば、凄まじい勢いで、見切って行った。
そして、クールな製品が安いと判断された時点で、市場を制覇できた。
ジョブスの変質的な「今まさに必要な製品を市場に出す」コダワリは、ほどよく成功した。
iPadではなくiPhoneから、MacOSではなくiPadから。
忘れがちだが、ジョブスのファナティックな執着は、それほどの熱狂を生み出さないこともあった。
歴代のiPod nano、Apple TV、いくつものOSのギミック。
また、ジョブス本人も「これ何に使うんだ」と思っているものが売れることもあった。iPod Touchが良い例だ。
そして、デザインやクールさに金を出す、空前のベータテスター達が生まれた。
繰り返しになるが、Appleの製品に逆鞘は無い。必ず売れば売っただけ儲けが出る。
どんなに性能が低くても、使い道が不明でも、不満が生まれても、売れさえすれば儲かる。
だから、事実上のベータテスター達が大量に居ることで、儲かりながらテスト出来る。
Apple Watchは、後発の時計メーカーとしては凄まじい勢いでスタートした。
Appleは、そのクールさが維持できている間は、ホトンド無敵のハードウェアメーカーだ。
AppleWatchしかり、Macbookしかり、どんなに欠陥があっても、アーリーアダプターであろうとする人達が買う。
そして、その不満点や運用上の問題点を取り込んで、高速に改良品を作り上げて販売する。
3,4世代もすると、こなれた製品になり、一般消費者もこぞって買う。
そこまでに、Appleがハードウェアを販売することで損することが無い。
とんでもないレッドオーシャンに後発組としてドヤ顔で乗り込んでいって、そして成功する。
(失敗したとしても損することだけはないので、簡単に切り捨てていける)
AppleはAmazonとは真逆の経営方針で運営されている。
MicrosoftやGoogleのように、ビジョンを全面に打ち出す必要すらない。
売れば売っただけ儲かる。売ったものからフィードバックを受けて改良する。
ハードウェアメーカーの王道であり、恐ろしいリアリストが経営している。
機械学習やIoTのような「今すぐカネにならない」ことを吹聴せずに着実に儲ける。
「これからはウェアラブルデバイスだ!」とAppleが言う時は、利益が出る製品を出す時だ。
GoogleやMicrosoftや、その他未来の技術を謳う企業は、プロシュート兄貴に怒鳴られると良い。
「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!
散財する機会が爆減した。
スマホ、タブレットの普及期は「おらワクワクしてきたゾ!」という感じで手当たり次第ガジェット買えた。
泥も林檎も窓タブも買った。すごく興奮できた。
でもモバイルデバイスが一巡したあたりから急に市場がつまらなくなった。
格安スマホが出てきて「レイトマジョリティに訴求する」なんて小売業者が言い出したあたりから退屈で仕方がない。
Tizen、火狐・Ubuntu・Fire Phone。遅すぎる。アーリーアダプターはもうスマホ、タブレットにwktkしない。
電子書籍を含むオンデマンドのコンテンツ配信もイマイチ盛り上がりに欠ける。
Apple TV、Chromecast、Fire TVに至っては意味が分からない。テレビ観る人っているの?
たぶん今アツいのはIoTとかDMPとか、エンタープライズ向けのテックなんだよな。
コンシューマー向けだと、車載OSとウェアラブルがややホットだけど、まだ諭吉を盛大に使えるフェイズじゃない。
GoogleやFBやMSやAmazonがカネにモノを言わせてインフラ整備したり人工知能開発したりしてるけど、やっぱりまだ諭吉使えない。焦らしプレイ反対。ギーク生殺し罪深過ぎる。
もうiPhone 6とかどうでもいいよ。なんかこう、ヘイヘイヘ~イ!ってカネを使えるモノはないですかね?
2005年7月に購入したiriverのT10というmp3プレイヤーを今もなお使っている。
T10は単三電池駆動なので、バッテリーがへたったとしても、また新しい電池を購入すればすこぶる快調に動いてくれる。
容量は1GBしかないが、自分が聞きたいものをPCからコピーしながら使っているので、不満はない。
FMラジオも聞けるので、FMトランスミッターと組み合わせて、Apple TVでネットラジオ番組を設定して、コードを気にせず堪能できるということもできる。
今、色々魅力的な新製品が出続けるが、それらはいったいいつまで使えるものだろうか? 8年近く使えるmp3プレイヤーというのは今の製品であるのだろうか? バッテリーがへたってしまい、次の製品を買わないといけなくなる、というような製品は買いたいとは思わない。
あるメーカーの技術者が「物の壊れやすさを均一化することで、その製品は長寿命になる」と言っていたのを思い出した。mp3プレイヤーでは、バッテリー部分が「一番壊れやすい(へたりやすい)」部分ではないだろうか。それを単三電池化することで、長寿命になるのに、最近のメーカーは独自のバッテリーにこだわる。
今後もiriver T10を使い続けるだろう。内蔵基板がいつ壊れるかはわからないが、まだ10年くらいは使えるのではないだろうか?
Blu-ray相当のHD版が、旧作が300円~、新作が500円
クレジットカードが必要とか、条件は結構似てるし。
TSUTAYA DISCASとかぽすれんが、2000円弱で8枚。4000円弱で16枚。
一本あたり250円って所だから、新作ばっかりならお得。旧作なら負けてる。
Blu-rayばっかり借りる人なら、まだまだオンラインレンタルの方が勝ってる。
TSUTAYAにすら行くのがめんどいとかモノがないって人なら、確実に借りられるApple TVのは魅力的な気がする。
今みたいすぐみたいってのに対応できるってのは強いよ。
アイアンマン2を借りるようにしてダウンロードの間に風呂入ってきて、後で見よってできるのは、忙しいリーマンには便利な感じ。
東芝がHD DVDの事業からの撤退を決めたようです。本日発表があるようですが、先週末からメディアでは大きなニュースとして報道されています。この決定でハイビジョンメディアを流通させるメディアとしてBlu-rayが主流となっていくことはほぼ確定的となりました。PS3を買い、Blu-rayのソフトを揃えつつある私としては一消費者として胸をほっとなでおろすニュースでした。
ところで、このニュースについて現在いろいろなメディアで分析・論評が行われていますが、ネット上のBlogなどでは、
今回のできごとはBlu-rayの勝利を意味しない。まだパッケージメディアの売り上げとしてDVDには遠く及んでいないし、今後のコンテンツの流通は Apple TV や iTS などのネットワーク配信に移行していくことは自明だ。パッケージメディアの終わりの始まりだ。
といった論調の意見を散見します。(上記意見はどこかのBlogの特定の記事の引用ではなく、私が読んだ意見を私なりにまとめたものです)
確かに、現在はまだパッケージメディアを置き換えるほどにネットワークインフラがリッチでない(地域差が大きい)ために即座にそうなるということではありませんが、将来の予測としては生産・設備・流通・在庫のコストを削減でき、消費者にとってもレンタルの返却待ち(24とかLOSTとかHEROESとか1巻だけ常に無い)のような機会損失がなくなるメリットを考えれば可能で、そうなって欲しい未来のような気がします。
これに対する反論としては、現在パッケージメディアを楽しんでいる消費者が、ことごとく配信のメリットを享受可能なネットワークにアクセスできる環境を構築するコスト(インフラ構築コスト)は現実的ではない、とか、パッケージメディアには配信メディアには無い「所有感」があり、ネットワーク配信は消費者に対して「所有感」と、いつでもアクセスできる「安心感」を提供できない、といった意見があります。
私はここで別の観点から「ネットワーク配信はパッケージメディアを駆逐できない」という主張をしようと思うのです。
これは、私がこれまでさまざまなネットワーク配信サービス(Youtube、ニコニコ動画、Stage6、iTS、でじゃ、その他もろもろ)の現在のユーザー(新し物好きのコンピュータ技術者としてフツーよりはヘビーなユーザーだと思っています)であり、その立場からの意見ということでお聞きいただきたいのですが、私がユーザーとしてこれらのサービスに日常的に触れて常に感じている不満(というか不安)は、私が今見られるものがどのくらいあって、今私が選択しているコンテンツはこれでよかったのか?というものなのです。
私は書店が好きです。特にお目当ての本があるわけでもなく、店内をぶらぶらして店頭に並んでいる本を眺め、興味を引かれた本があれば手にとって眺め、読みたい本なら購入します。レンタルショップやDVDショップでも同じ感じです。棚に並んだパッケージを眺め、手にとって眺め、欲しくなったら購入します。
これが、現在のネットワークではできないんです。ネットワーク配信サイトはもちろん、Amazonなどのネットショップでも同じことができません。もちろん、各サイトには「今の人気のもの」とか「最新のもの」とか「レコメンド」とか「偶然の出会い」を演出する仕組みや、Amazonは最近本の中身をちょっとその場で見ることができる仕組みなどがありますが、私にはどうにも不満(不安)なのです。「今、ここで私が接することのできる全てを視界に入れたい」という欲求がネットワークでは満たされません。書店やレンタルショップでつらつら棚を眺めながら歩く行為に私が価値を見出している以上、私の中でパッケージ(というかリアル店舗)がネットワークに置き換わることはありません。(ネットワークはもちろん利用しますが、ほとんど目的のものが決まっている場合です)
というわけで、私が考える「ネットワークがパッケージを駆逐しない理由」でしたが、もし何かブレイクスルーがあったとしたら、そのときが私にとってのパッケージの終焉を意味するのかもしれません。
要するに
技術的にはとっくに可能になってる(つ オンデマンドTV、DMM等)
ただ、権利関係の処理が煩雑なので特に地上波の再放送は実現してないね。だから共有HDレコーダーみたいな状態が望まれるんだろうね。規制が厳しくなる前のようつべもそんな感じだった。その役割は今はニコニコが担っているけど著作権の非親告罪化やニコニコの有料化予定などで先行きは暗いね。もっとイレギュラーじゃない形で実現して欲しい。
また、テレビ視聴はゴロ寝派の妾としては、Apple TVみたいなテレビに簡単につなげられるセットトップボックスがもっと普及して欲しいところ。