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はてなキーワード: PC-9801とは

2020-12-02

最近コンピュータ環境は複雑なので初学者には理解しづらい可能性がある

例えば、黒い画面に白い1ドットの点を打つとする

ここでハードウェアのVRAMと画面が直結していれば分かりやす

VRAMのメモリ領域の中で1ビット立てればいい

Cで言うなら、メモリを確保するとポインタが取得できる

ポインタには確保したメモリ領域の先頭のアドレス番地が入っている

ちょっと語弊があるけど、そのアドレス番地に1を入れれば画面に白い点が表示される、みたいな感じである

自分子供の頃のMSXとかZX Spectrumだったらそうだった

あと、PC-9801文字のためのVRAMと画像のためのVRAMがあったんだったか

98も同じようにメモリに何か直接書けば画面に表示されたはず

あと、その画像のVRAMの上に文字のVRAMを表示させることで、

例えば背景を輝度を下げて表示させ、その上でテキストエディタ作業するとかできたはず

ファミコンとかのカートリッジも挿入すればあれは何らかのメモリ空間に格納されるのだと思われる

カートリッジが挿入されていれば、そのメモリ空間最初からCPUに実行させればいい

そうすればカートリッジの中のROMに書かれているゲームが動くはずだ

しかし、近年のOSで例えば生のVRAMを直接いじるなんてことはあり得ない

生のVRAMはグラフィクスカードの中などに入っており、それは近年のグラフィクスカード上のGPUOSによって複雑に管理されている

からWindowsなどでゲームを作るときは、まずOSにお願いして、仮想的なVRAMのような領域をもらわなければならない

何をするにもまずはOSのお伺いを立てて、OSメモリなどのリソースを切り出して与えてくれる

返すとき図書館のように返すのが礼儀であるが、ぶち切りしてもOSは尻拭いをしてくれる

が、尻拭いをしてくれない可能性もあるため、ぶち切りした後に挙動おかしくなることもあるかもしれない

そう、なんかよく分からん調子悪いなあ、みたいなことが起こりやすくなった気がする

マシンが重いなあと思ったら、別のプロセスWindowsで言うタスクマネージャーをチェックする

そして、CPU使用率やメモリを食っているプロセスを見つけ、殺していい場合はkillしてみる

成功すればマシンは軽くなる

こんなことは子供の頃のMSXファミコンではなかった

マルチプロセス動作することで重くなることもあるし、何か共通リソースファイルなどを奪い合う、デッドロックとかそういうことも起こり得る

からってMSXに戻りたいとも思わない

できることは現在コンピュータとは段違いだから

しかし、プログラムから直接ハードウェアを動かしている、と実感することは減っている気がする

それはそれで良いことなのだけど、その実感がないことが初学者を混乱させていないだろうかと思った

ハード寄りと言っても、Arduinoでもラズパイでも自分にはあまりそういう実感がない

特にラズパイLinuxが動いている時点でLinuxが良きにはからってくれるためことさら実感がない

しかし、Z80制御ボードを使っていた頃はかなり実感があった

OSも何も入っていなかったし、基本アセンブラ(とC)だったからだろう

コンピュータ世界バッドノウハウ(羊の毛刈り)が多いというのはあると思う

パソコンスマートフォン普段使っていて別段困る事はない。しかしながら戦術の通りプログラミングソフトウェア

そして最新のハードウェア等になるとまるっきりついていけない。ハードウェアUSB-TypeCにも種類があるとか理解できない。

USB-TypeCをTypeAに変換してはいけないとか最近まで知らなかった。

俺もコネクタなんて種類が多くてもう分かんないw

こういうのも技術的な意味合いのものと、商業的な大人の事情によるものが混在しているわけで

更にレガシー、すなわち過去遺産なるものについても理解ができない。古い物がずっと使われ続けているIT環境

もう誰もメンテナンスが出来ないものが延々と使われているという事実

メンテナンスできないものを使い続けるというのはあんまりないはず

印刷現場でClassic Macを使っていたり、工場PC-9801を使っている現場は今でもあるにはあるけど、

日常でClassic MacPC-9801を頻繁に見ることはないはず

西暦2020年にもなって、プログラミング簡単には出来ないし、ハードウェアの規格も完全に統一はされていない。

というかプログラミング言語自体多すぎる。ソフトウェアデファクトスタンダードのモノ程度は知っているが、

一部のコア層のものになってくるともう使い方なんて分からない。

言語が多くなるのも技術的な側面と商業的側面がある

例えば、Windowsゲームを開発するときDirectXを使うと思うのだけど、なんでマイクロソフトがわざわざDirectX作ったかというと、

商業的側面は、OpenGLとかはJISのような規格なので、マイクロソフトは口出しできない、主導権が握れない、

技術的側面は、規格の策定ビジネススピードより遅く、グラフィクスカード進歩に追いつかない、OpenGLよりも先んじて先進的な技術ユーザー提供したい、

みたいな思惑があるわけだ

この選択は正しかったと思われる、それがXBoxの開発にもつながるし、Windowsデスクトップ表現力にもつながった

言語が多くなるのは近年のCPUなどのアーキテクチャに則した言語を作りたい、

折角作り直すんだったら文法なども変えたい、みたいな考えがあると思う

フロッピーディスクなんてもう終わったのだからいい加減AドライブSSDまたはHDDにするべきじゃないのかとすら思う。

だけどずっとCのままだ。

古いプログラムの中には「C」と決め打ちで書かれてしまっているため、Cドライブという概念をなくすとこれまでの資産が全部動かなくなる

そうすると、Windowsのような最初HDDをCドライブと決めているOSは誰も使わなくなってしま

というかなんで自分はこんなことを知っているのか。別に知りたいと思って知ったわけじゃない。

なんでこんなことになっているのか理解が出来なかったから少しでも理解しようと思っていたからだ。

俺も役所への手続きだの、これを知っているのが大人常識だの、みんなクソ喰らえだと思っているけど、

そうしないと駄目みたいな世間空気があるので、嫌々ググって調べたり、お役所ルールバカすぎるだろwと思ったりするけど、

まあ、世の中そんなもんなんだよなあ、別にIT関係ない

ただ、コンピュータ製造するのは企業だし、そこにはビジネス的な大人の事情とか思惑が介入するわけで、

そうなると純粋情報処理という学問を阻害されることは容易に起こるわけである

だって自分ゼロからコンピュータOSを作るわけにはいかないし

かと言って、企業もまったく情報処理学や数学無視したもの製造できるはずもないわけで、

これって流行り廃れる技術なのか、少なくとも死ぬまで廃れることのない技術なのか、みたいな選定の目につながる気がする

コネクタの種類なんて調べればいいし、どうでもいいとも言える

言語も、まあ色々だけど、とりあえずCのような言語ちゃんとできればコンピュータの中が分かってないと書けないところがあるからCをやる意味はある

Linuxカーネルの一部にRustを実験的に持ち込んだりしてるみたいだけど、Cがなくなることはまだまだない、というかこれからもずっと続くと思う

なんだかんだCはRustより書きやすいと思うし、書きやすいからこそRustよりデンジャラスなのだ

Cドライブ云々は、例えばLinuxではCドライブという概念がないが、

同じコードWindowsLinuxで動かすなら、まずOSの種類を判定するコードを書いて、そこからパスの生成を分岐させればいい

Pythonとかならそれだけで動作するはずだ

そんな些細なことより、アルゴリズム数学的な理解を優先させた方がいいと思う

2020-09-01

Apple watch って 僕が昔使っていた自慢の NEC PC-9801 より速いの!?

あんなちっちゃい中にそんなに入ってるわけないよな?

2020-03-05

anond:20200305132600

分かってるとは思うが、256色のPC-9801萌え絵では抜けてもファミコンの4色ピーチ姫とかでは抜けんのだ。

機能としてはあっても精度がダンチだからダメってこった。

でも今なら? って気はするけどな。gateboxとかもあるし。

2019-06-23

anond:20190612075555

20年前なら、Windows98PCリンク集を辿ってたかな。

30年前なら、PC-9801でパソコン通信質問を投げてたかな。

40年前なら、学校先生図書館だな。

2019-03-05

anond:20190305161518

9801mk2のことだろ言わせんな

ええと、野暮を承知解説すると、80年代国民機とまで言われて一世を風靡したNECパソコンPC-98シリーズですが、その中に 9801mk2 という機種は存在しません。(初代がPC-9801で、次がPC-9801Fで、その次がPC-9801Eで、、、)

2018-11-06

平成はどこからどこまでか?

1989年から2018年まで

 

NEC PC-9801 発売から

iPhoneXS 発売まで

 

工藤静香Winkプリプリから

AKBを通り越してよくわからん時代まで

 

YAWARA!、らんま、DBZから

HUGっと!プリキュアまで

 

GDP 387兆円から

GDP 537兆円まで

 

海部俊樹から

安倍晋三まで

 

所感

範囲が長すぎる

2018-04-29

老人会のみんな!教えてくれ!

むかーしむかし、確かPC-9801かいパソコンだかマイコンだかのエロい同人ソフトで、パパラッチ主人公が憧れのアイドルとそのマネージャの姉を手篭めにするみたいなADVゲームがあったんだけど、タイトルも思い出せないし、作ったメーカーだかサークルもわかんないんだよ!

誰か知らない?

なんか、漢字3~4文字タイトルだった気もする。聖とか憧だか夢だかそんな感じ。

絵もちょっと下手っぽくて、逆に良い感じだったんだよ。

だれか教えて下さい。ほんと。

2017-12-16

anond:20171216083245

あの頃は技術系どっぷりだったな。

X68000のおまけにグラディウスが付いてきてスゲーとか、

GNU宣言が胡散臭すぎとか、

MacHyperCard面白い所を解説(上っ面だけでHyperTalkの部分がさっぱり)とか、

MS-DOS3.0が高すぎるので一太郎の2.11を引っこ抜いて使ってる(ちょい炎上してた)とか、

PC-9801IBM PCラッパーを書いてるチアリ氏ってクロード・チアリ氏なの?とか、

そんな感じで盛り上がってた。

2017-05-05

ゲーム史を振り返りつつ○○向け企画について考える

平成になりもうすぐ30年を迎えようとしている。

特定の年齢層をターゲットにした製品企画に携わる機会があり、

想定ユーザーのズレがひどいなあと閉口した。

昭和からまるで変化していない。

ゲーム史を振り返りつつ、当時のユーザーたちの現在の年齢を書く。

ハードには [ ] を付けた。

1975 テレビテニス

1978 スペースインベーダー

電波規制が緩い時代に家庭向けとして登場したテレビテニスポンテニス)は、

映像出力としてU波を使うため、近所への電波障害が酷かった。

スペースインベーダーの登場により、喫茶店がめまぐるしく様変わりをはじめた。

ここからゲームの普及はじまったといっていい。

※当時20才=1958年(昭和33年)生まれ現在59~60才

1979 ギャラクシアン

1980 [ゲームウオッチ]、パックマン

1981 ジャンピュータードンキーコング、[IBM PC 5150]

1982 倉庫番、[PC-9801]

第2次オイルショック後、ギャラクシアンパックマンが立て続けにヒット。

ゲームウォッチ床屋等の待合所にもよく見かけるようになった。

PC-9801シリーズの発売が開始され、1990年代前半まで栄華を極めることになる。

※当時20才=1962年(昭和37年)生まれ現在54~55才

1983 ゼビウスドアドア、[ファミリーコンピュータ]

1985 グラディウスドルアーガの塔スーパーマリオブラザーズボンバーマン

ファミリーコンピュータ発売。

スーパーマリオブラザーズというソフトが登場により、一般家庭にテレビゲームが普及。

タイトル誕生し、ヒットを重ねていく。

※当時20才=1965年(昭和40年)生まれ現在51~52才

1986 [ディスクシステム]、ドラゴンクエスト

1987 ドラゴンクエストII、[PCエンジン]、ファイナルファンタジー

1988 ドラゴンクエストIIIスーパーマリオブラザーズ3、[メガドライブ]、テトリス

ファミコン周辺機器として、ディスクシステム発売。

スーパーマリオブラザーズ2ゼルダの伝説メトロイドを引っ提げて。

PCエンジンメガドライブ等、家庭向けハードが次々と発売される。

ドラゴンクエストIII社会現象になった。

※当時20才=1969(昭和45年)生まれ=47~48才

デジタル放送に切り替わるあたりからテレビリモコンに大量のボタンが増え、

新しいモノにはついていけない……とボヤきつつも、

地上波データ放送ミニゲーム操作できる世代が60才を迎えようとしている。

いまのF3/M3層は、昭和の老人とは違う。

余談ではあるが、つい先日C層向けケータイを選ぶことになったのだが、

ハードも、ソフトも、明らかな子供向けデザインだった。

厚ぼったいくせに、衝撃に弱い。子供だましにしても、雑だ。

まだまだテレビ生活の中心にあった時代は、茶の間テレビを使うファミコン時間が限られていた。

1989年にはゲームボーイが登場し、家庭の生活様式にも影響を与え始めた。

現在、多くの子供たちは、DSを持ち、Wi-Fi接続してYoutube等を見る。

ここでその賛否を論じるつもりはない。それが現実なのだ

2017-04-27

T&E SOFTはアホの集団なのか

STORY1 ヴリトラの炎……PC-8801mkIISR

STORY2 ドゥルガー記憶……FM77AV

STORY3 ニルヴァーナの試練……X1

STORY4 アスラの血流……MSX

STORY5 ソーマの杯……MSX2

STORY6 ナーサティアの玉座……ファミリーコンピュータ

STORY7 カリユガの光輝……PC-9801VM/UV

客なめてんの?

http://anond.hatelabo.jp/20170427141522

2016-06-11

スーファミレトロゲームですかそうですか

ニコニコ動画ロックマンX動画に「レトロゲーム」のタグが付いてて、ショックを受け、

ニコニコ大百科レトロゲームの項を見ると、

レトロゲームとは、ゲーム動画の中でも古いゲーム・昔のゲーム動画に付けられるタグである

概要

レトロゲームは現行の最新機・最新作と比べて古い時代ゲームが該当する。

その範囲世代によって多少のばらつきがあるが、2011年現在では大体下記の通りである

・家庭用ゲーム機(据え置き型)・32ビット機(PSSS等)以前のハード作品

携帯ゲーム機90年代後期(GBC等)以前のハード作品

アーケードゲーム90年代初頭以前の作品

パソコンゲームWindows95普及以前の国内独自規格パソコン(PC-8801/PC-9801X68000MSX等)の作品

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

まあ、そうですね、スーファミも入ります・・・と、さらなるショックを受けた。

自分の子時代メインコンテンツレトロ扱いされることに、自分の加齢をまた実感してしまう。

20年後パズドラとかもレトロゲーム扱いされるんだろうな。

それが時代の流れ。

2016-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20160505085036

製造業で実際にPC-9801が稼働している現場立場からすれば、単に設備投資の余力が無いという問題ではない。熱、粉塵などの過酷現場でも制御コンピュータは確実に動かなくてはいけない。ライン24時間稼働し続け滅多に停止もしない。急な停電後の自動復帰も考える必要がある。制御している機器インターフェース側を改造する必要もある。

このような用途PLCなどの汎用組み込み制御ユニット存在するが、少しづつ改良を加え複雑化してきた現行の生産ラインは個々の機器タイミング取りがシビアで、機器の入れ替えは一か所でもかなりの大仕事になりがちで、影響はライン全体に波及する。今安定して動いているラインリスクは可能な限り避けたいのだ。

そして、自分経験的にMS-DOSで動作しているPC-9801は非常に堅牢マシンだ。機器制御には高度な計算能力必要ないがとにかく動き続けることが大事で、これはWindowsなどは絶対にかなわない。ちょっとプログラム趣味でかじった化学屋の自分でもある程度メンテできるというメリットもある。さらに言えばPC-9821もダメ個人的には1990年ぐらいまでのまだ高価な時代マシンが安定性が高いと感じる。

あの当時のNECは、本当に信頼性の高いマシン製造していた。その後の安価路線に走った途端に不具合が見られるのだが、完全自社生産時代部品の一点ごとに良いもの選択していたんだろうな。

ただ、次第にMS-DOSメンテができる技術者が減少してきた。さすがに時代の流れだろう。マシンが死んだらそれこそ中古マシン差し替えて動かすのが一番安いし確実なのだが、生産技術部から拒否されて新しいシステムを導入させられたことがある。費用も桁が2桁ほど多くなるしお互いに仕事は増えるし正直いって良いことが無いのだが、メンテできない場合更新せざるを得ない。

なお、それほど重要でない設備制御箇所については、自分中古機を手配して故障したマシンを入れ替えたこともある。生産技術畑でない自分でも多少の知識があれば簡単に行えるのに、なんで無駄な金を使う必要があるのだろう。そんな金はもっと別の設備投資したい。

2016-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20160325134430

実際に暗い時代はあったよ

PC-9801なんかが国民機とか言われてた頃

対抗機がX68000とかFM-TOWNSとかだったんだぜ

俺は絶対にこんなの使わないと心に誓い

外国からPC/AT互換機Mac買い入れて世の流れに反抗してやったわ

Windows95上陸して国産機が蹴散らされてようやく風通しの良い平和時代が来たと思ってる

2015-02-28

MSXファミコンSFCROMの中身をクラウドで保管して

くれないかな~??引っ越しとかで、捨てるの勿体ないんだもん。

ヨドバシ・ビック・ソフマップ・ケーズ・PCデポあたりの電気店に持ち込んで、電子鍵(非対称鍵)と交換。これを使って認証して、クラウドからエミュレータダウンロード

メーカーがやるなら日銭かせぎに良いと思うんだよね、管理料月100円とかであっても。それから、つぶれた会社のは、JASRACみたいなのを作って管理するとか。

条例改正で、放置自転車も売れるようにできるんだし、著作権についてもつぶれた会社のものは、どこかで正当に利用できるように付託する制度を設けてほしい。

あと、やるならPC-9801PC-8801X68000 のDISKも対応おねがい!

2014-08-15

The history of mobile computer

1989年東芝が発売したDynabook J-3100SSが世界最初ノートパソコンである。すぐにNECが続き、1990年代になると、IBMとアップルが参入、東芝アップル、IBMが次々に新機能を加え、1995年頃には、現在ノートパソコン標準的機能の原型が完成した。

1990年代中頃から国産各社が参入、先行各社は新機種シリーズを展開した。また、インターネットが普及し、モバイルコンピューティングが盛んになった。それにより、ノートパソコンが急速に使われるようになり、2000年にはノートパソコン出荷台数デスクトップパソコンを追い越した。

2000年代を通して、小型化、軽量化、高機能化、省電力化が進んだ。2000年代末には、iPad代表される新しい形態携帯機器が出現し、ノートパソコンと競合するようになってきた。

とかくパソコンの分野では日本企業の低迷が指摘されるが、ノートパソコンの分野では、東芝代表される日本企業業界を先導したきたのである。少なくとも1990年代まではそうであった。ところが、2000年代になると、ノートパソコンパソコンの主流になったのに、日本企業の優位性は低下してきた。それを挽回する手段を講じるべきなのか、あるいは陳腐化したこの分野は中国等に任せて、日本は新分野を開拓すべきなのだろうか。

1980年代中頃:ラップトップパソコン

ラップトップとは「膝の上」の意味であるが、デスクトップパソコンより小さく、ノートパソコンよりも大きいサイズパソコンを指す。携帯可能であるから、これを含めてノートパソコンということもあり、その境界は厳密なものではない。

1984年 NEC PC-8401A

1985年 東芝 T-1100 海外のみで発売

1986年 東芝 T-3100 日本ではJ-3100

1986年 NEC PC-98LT

(PC-8401Aのほうが早いのだが、電池フロッピーなどが外付けなため、一般にはT-1100が世界初で、PC-98LTがNEC初だとされている)。

T-1100の仕様を示す

・CPU:80C86(16Bits)、5MHz

メモリ:最大512KB

ディスプレイ:80文字×25行(640×240ドット)

・外部記憶:3.5インチFDD内蔵(720KB) 。ラップトップでは世界初のHDD内蔵

キーボード:83キーフルストローク

電池:ニッカド電池、8時間の動作可能

IBM-PC互換

サイズ:310(W)×300(D)×67(H),4kg

1980年代末:最初ノートパソコン

最初ノートパソコン1989年に、世界に先駆けて日本で出現した。

1989年 東芝 Dynabook J-3100SS

1989年 セイコーエプソン PC-286NOTE

1989年 NEC PC-9801N

発表はPC-286NOTEのほうが先だったが、出荷はJ-3100のほうが早く、しかもヒットしたので、一般的にJ-3100を最初ノートパソコンだとしている。なお、PC-9801Nはやや遅れて出荷されたが、これにより「ノートパソコン」という用語が広まったといわれている。

J-3100SSの仕様を示す

・CPU:80C86(16Bits)、5MHz

メモリ:最大3.5MB(標準1.5MB)

ディスプレイ:ELバックライト液晶

・外部記憶:3.5インチFDD内蔵(720KB/1.2MB)

電池:2.5時間使用可能なバッテリパック

・電源リジュー機能提供ジャストシステムATOK7のROM搭載 ・AT互換機

サイズ:310(W)×254(D)×44(H),2.7kg)

1990年代前半:IBM・アップルの参入

1990年代に入ると、IBMとアップルノートパソコンに参入した。1990年代前半の特徴のある機種を列挙する。1995年頃には、現在ノートパソコン標準的機能の原型が完成したといえよう。

1990年 東芝 DynaBook J-3100 SS02E 世界初のHDD搭載

1991年 NEC PC-9801NC 世界初のTFT液晶16色、TVチューナー

1991年 アップル PowerBook 170 世界初パームレストトラックボール

1991年 IBM PS/55note 5523-S IBM初のノート。VGA解像度640x480(他社は640x400だった)

1992年 東芝 DynaBook 486-XS 世界初のTFT液晶フルカラーVGA

1992年 東芝 DynaBook EZ ワープロ表計算などアプリケーションをROM内蔵

1992年 IBM ThinkPad 700C 当時最大級の10.4インチTFTカラー液晶世界初トラックポイント装備

1992年 IBM ThinkPad 220 世界初のサブノート。重さ 1kg、単三乾電池駆動

1994年 東芝 DynaBook SS433 世界初のFDD内蔵B5版サブノート

1994年 IBM ThinkPad 755 内蔵型CD-ROMドライブ搭載

1994年 アップル PowerBook 520 世界初トラックパッド採用

1990年代後半:国産各社のノートパソコン参入と普及

1990年後半には、国産各社がノートパソコン分野に参入、先行各社も新シリーズを展開して、現在でもポピュラーな機種名が出揃った。ノート型は、デスクトップ型に比べて割高であったが、モバイル環境での利用が盛んになったこと、オフィスや家庭での占有面積が小さいこから人気が高まり2000年にはノートパソコンデスクトップパソコン出荷台数を上回る状況になった。

1995年 富士通 FMV-BIBLO リチウム電池採用プレインストールソフト多数

1995年 シャープ Mebius CD-ROM内蔵

1996年 IBM ThinkPad 560 2kg以下の軽量

1996年 東芝 Libretto 20 世界最小・最軽量(840g)のミニノート

1997年 ソニー VAIO NOTE 505 B5サイズモバイルノート

1997年 パナソニック LetsNote AL-N2 光学トラックボール搭載

1997年 三菱電気 Pedion A4で当時画期的最軽量(1.45kg)最薄(18mm)

2000年代前半:小型化、軽量化、長動作時間化の競争

2000年代になると、パソコンの主流はノートパソコンになり、パソコンでの関心はノートパソコンが主になる。ノートパソコンは、本質的モバイル環境での利用である。そのための軽量化や小型化競争1990年代後半から活発であったが、2000年代になると、長時間充電せずに利用できること、立ち上がりの時間が短いこと、堅牢性や耐久性に優れていること、さらにはデザインへの要求など、多様な品質での競争になってきた。

筺体の軽量化

軽量な素材を用いながら堅牢性を高めるため、ハニカム構造など設計上の工夫が進んだ。

スリープ機能の高度化

パソコンを使用しない状態での省電力技術であるスリープ/スタンバイ機能は従来からあったが、インテルによるディープ・パワー・ダウン・テクノロジやASUSTeK ComputerによるExpress Gateなど、新方式が開発された。

SSD(Flash Solid State Drive)

SSDは、フラッシュメモリを発展させた記憶媒体で、HDD(磁気ディスク)と比較して、機械部分がないため、小型化、省電力化、高性能化が重要ノートパソコンに適している。しかし高価格である2004年から注目されるようになり、2000年代後半には高級機に採用されるようになった。

ノートパソコンの製造には、小型化や低電力化などの高度なな技術が求められので、日本企業に適した分野であった。ところが、低価格競争が進むのに伴い、台湾中国などで生産するようになった。それが、2000年前後から、現地企業技術向上により、現地企業生産だけでなく設計委託するようになり、独自のパソコン事業から撤退するようにもなってきた。そのため、日本国内生産している製品は、特に高度技術要求される小型の高機能パソコンに絞られるようになってきた。

2000年代後半:ノートパソコン多様化

2000年後半には、ノートパソコン多様化した。ディスプレイサイズ区分すると、次のようになる。

ディスプレイサイズ(インチ) 解像度 特徴

7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17

───┬─── ─┬─── ──┬──

│ ──┬──│──┬── │

│ │ │ │ ハイエンド 1920x1200 モバイル意図せず高機能

│ │ │ A4ノート 1680x1050 最も広く利用

│ │ B5ノート(コンパクト) 1280x 800 モバイル用の標準

│ サブノート 1280x 800 軽量を重視したモバイル

ミニノート パソコン全般機能ではなく、Web利用などに特化

ウルトラモバイル(タブレットパソコン) 1024x 600 操作性を重視

ネットブック 1024x 600 初期は安価目的

シンクライアント、セキュアクライアント

シンクライアント(Thin client)とは、処理機能サーバに集中させ、パソコンには必要最小限の機能しかもたせないパソコンのことである1996年当時は、モバイルパソコンの軽量化、低廉化を狙ったのであるが、あまり普及しなかった。

1996年 オラクルシンクライアント概念提唱。そのコンセプトモデルNC (Network Computer)を紹介。「500ドルパソコン」とも呼ばれた。

1997年 サン・マイクロシステムズ、コンセプトモデルJava Stationを発表

1997年 マイクロソフトWindows CEベースとした「Windows Based Terminal(WBT)」を発表

それが2005年から外部記憶装置接続ができないこと、パソコン情報が残らないことが、セキュリティ観点から重視され、パソコンメーカーシンクライアントを発表、多くの企業採用検討するようになった。

2005年 日本経済新聞日立製作所パソコン利用を全廃する」の記事。これが広く一般の関心を呼ぶ。

参照:日立「「日立パソコン利用全廃」記事に関しまして」

2005年 富士通 FMVシンクライアントTC8200等出荷

2005年 NEC MateシンクライアントVersaProシンクライアント 出荷

ネットブック

ネットブックとは、インターネット利用に特化した小型軽量なノートパソコンである2005年頃、発展途上国教育分野にインターネット活用が重視され、「100ドルパソコン」として生産支援団体等を通して提供する計画が進んだ。

ところが、安価で使いやすいことが注目され、先進国でもセカンマシンとしての重要が高まり2008年から、その用途目的とした機種も出るようになった。

2008年 ASUS(台湾) Eee PC:本来目的用の例

・CPU,本体:Ultra-Mobile PC(タブレットPC)携帯端末用のPC、パソコン用と比較して安価

記憶装置:HDDなどはなく、システム基板上にフラッシュメモリを直接搭載

ハードウェア構成:通常のPC/AT互換アーキテクチャ採用して、パソコンとの互換性あり

iPadの出現

タブレットパソコンとは、タッチパネルディスプレイを搭載し、指や専用ペンで画面操作できる携帯用パソコンのこと。2002にマイクロソフトタブレットPCを発表したが、あまり普及しなかった。2009年に発売されたWindows 7が「Windows タッチ」というタッチ操作系統を標準搭載したため、タッチパネルディスプレイを備えたパソコンが各社から発売されるようになった。

2010年アップルiPadを発売した。電子書籍閲覧で代表される多様なアプリケーションが評判になり、爆発的な売れ行きを示した。ここでのマルチタッチ操作方法は、一般のパソコンにも大きな影響を与えている。

2013-05-27

YU-NO(DOS版)

T98-Nextの最新版にPC-98MS-DOS6.2が動作する環境を作って、久しぶりに『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』を起動した。

PC-9801-86 FM音源で奏でるオープニングを見直して背筋が凍りそうになった。(プレイ時の記憶を思い出したという意味でも

シナリオ原作者作曲家、ともに2011年に没しているのがなんともね…。

2013-03-18

ロリコン性癖を自覚するおっさんネットとかにまつわるよもやま話

その昔は児童ポルノ禁止法というもの存在しておらず、代わりに「陰毛禁止」という妙なルール出版界にあった。

タレント宮沢りえが、かつて写真集サンタフェ”でフライング気味にヘアヌードを公表・発売したのは、今からすればヘア(実質的に)が解禁・入れ替わるように少女ヌード写真集発禁になっていく転換点だったように思う。

ちなみにこの“サンタフェ”だが、撮影した時点(not出版)では彼女17歳だったとも言われており、ヘアヌード児童ポルノという、いろいろな意味で今の世の中には「存在してはいけない存在」になってしまった感がある。

序盤から脱線したが、自分も見せてもらったこの“サンタフェ”では、さすがにヌけなかった。アート表現したほうがいいような、さわやかな印象の出来の写真集だった。



さて自分場合は、エロといえばまずは二次元から入っていったタイプだ。

たとえば「地獄先生ぬ~べ~」は、少年誌連載にしてはけっこうきわどい(エロ的に)描写の多い漫画として知られるが、それよりも前に毎号どうどうとヌードシーンが載っていた漫画といえば、「おじゃまユーレイくん」を思い出す。

ただしこれらは、どちらかといえば「ボインちゃん」がメインな作品である。というか、ぬ~べ~の舞台ってたしか小学校」。。。


自分にとっての決定打は、内山亜紀氏の作品を立ち読みしたことに尽きる。

思えばその時期を前後する形でオリジナルアニメブームが湧き、一方ではごく一部を中心として当時にカルト的人気を集めた「魔法プリンセスミンキーモモ」あたりを題材にしたエロパロ同人誌が、徐々に一般にも販路を延ばしてきていた時点の話である

ややマニアック漫画雑誌・あるいはパソコンゲーム雑誌では、さすがに直接的な性的描写こそ無いものの、少女ヌードモチーフにしたイラストなどが読者欄などで散見された気はする(この点、事実と相違があったらお詫びしたい)。

というかそもそも、当時のエニックスから出ていたパソコンゲーム作品に、そのものズバリの「ロリータシンドローム」というタイトルがあってだな。。。



時代さら下り、会員制のBBS・いわゆるパソコン通信というものが普及してきたあたりで、PC-9801仕様に合わせた4096中16色で表現されたイラストが多数作成アップロードされていた。その中でダウンロード数が多いのは、「エロ」を感じさせる作品に集中していた。(注・当時はすでに、エロゲ=9801の図式ができてきていた)

中には、(当時は)一部の機種でしか見られない多色JPEGデータアップロードするような猛者がいたが、電話回線を使った28800bpsの速度でやり取りするにはデータ量がちょっと多過ぎたせいかダウンロード数はそれほどでも無かったような記憶がある。


そんな中で衝撃的に出会ったのが、写真家力武靖氏の撮影による少女ヌード写真集である。今から思えばそれは「FRIENDS」の一部だったのだが、まともな検索手段が無かった当時としては、まったく未知の存在に触れた気がした。それのスキャン取り込みデータが、BBSに無断でアップロードされていたのだから提供した側もずいぶんと大胆といえば大胆である。当時は自分はすでに成人していたが、家族と一緒に住んでいる手前、実写のエロしか少女ヌード写真本屋で買うほどの行動力はさすがになかった。通販事情としても、今のようにアマゾンほかオンラインショップで気軽に本を注文、という販路はまだ整備されていなかったので、しばらくはそのデータについて出どころが知れないままモヤモヤとしていた。

もちろん、性的な意味でも)


やがて、個人でも準定額・のちに完全定額のインターネットが利用できるようになってきた時点で、検索サイトというもの存在を知る。

パソコン雑誌のコーナーでは、いわゆる「電脳アングラ」的な本がじわじわ売られてきていたが、そんな中で海外サイトでのお宝画像(=エロ画像)のダウンロード方法が説明されていた中、自分はなぜかあの少女ヌード写真集の事が忘れられなかった。OSWindows98以降が標準となり、安価パソコンでもフルカラー画像を見るのがようやく当り前となってきた頃のことだったが、いくつかの紆余曲折の末にようやく、とある方法(具体的には省略)であの写真集と思われるデータを手に入れる事ができた。その時の感慨を表現できる言葉を、いまの自分が持ちあわせていないのは残念なくらいだ。


その後、写真集被写体だった少女達は、日本人ではなく顔の造作の似た外国人である事を知ったりしたが、それでも彼女の人気は一部では根強く、後日にヌード部分を除いてまとめられた写真集(※アマゾンでも売ってた)が発売された際には高評価を得ていたように記憶している。


その写真集データを得たのと前後して、「ロリエロ漫画イラスト」のデータの蒐集も続いた。二次元三次元エロは、近いのか遠いのか、と問われれば「遠くはないというか、ある意味別腹に近い」と自分は答える。喩えて言うなら、店で食べるラーメンカップ麺関係のような感じだろうか。

さらに言えば、実際にもし実行すれば確実にアウトな「幼女未成年女子とのセックス場面」が、二次元での表現としてはまだセーフな事も(わいせつ頒布うんぬんの論点はさておき)、見ていて自分ささやか妄想を想起させた。

ただし、自分はどうもレイプを思わせる描写が(創作物であっても)ダメタイプなので、その系じゃなきゃ燃えない方とは一緒に見られたくない、とワガママな主張をしておきたい。


だがそういった日本での内輪の価値観も、TPPその他での動きによって、そろそろ終わりに近づきつつありそうなのが正直悲しいし、怖い。

誓って言うが、自分幼女はおろか、女性に“手を出し”たことすらない。

そういったちっぽけな人間から昇華手段としてのエロまでもを取り上げて、そこに何が残るというのか。

2013-01-18

続・うへぇ苦労するのガイドライン

前のはこれ http://anond.hatelabo.jp/20121219191602

PC-98

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/1036951410/601

601 :名無しさんお腹いっぱい。:2012/07/10(火) 15:04:00.62
今月はじめ、職場に古いパソコン(i486DX2の結構ローエンド構成)が入りました。 
多分私が運用保守をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析シミュレーションなど行う必要がありハードパソコン系を採用するのは聞いていたの 
ですが、搬入されたパソコンのダンホール箱に印刷されていたのはPC-9801という 
文字でした。 

「うへぇ~、よりによって98かよ」 

NetBSD/OpenBSDインストール不可、Solarisも不可、SATA-HDDからブートできるのか、 
今時のLCDディスプレイにつながるのか、FreeBSD9.xは対応してるのか、 
今時のネットに繋いでもセキュリティ大丈夫なのか不安はつきませんし、 
非メジャーなのでネット上の情報も少なく調べるのも大変です。 
おそらく導入に際して、大学など教育機関最初にそれに触れて刷りこまれた人間強気知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 

昔、当時、唯一コンソールでの漢字ROMによる日本語表示ができたPC-98大学など 
教育機関に浸透していて、日本パソコン界に多くのバカを輩出しました。 

これから私は、おそらくそういうバカが、makeしてもemacsが入らない、 
TeXが入らない、firefoxは使えないのか、Rubyが使えないのかなどと、 
サバ管気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し、(だから鯖にするんじゃねーよ、 
鯖の常識で話すなつーのに)それと戦わなければならないのでしょう。 
そして時代によって決着している、過去20年のパソコン界隈のくだらないそれらの 
議論が再現され、それに巻き込まれるのでしょう。もう今からうんざりです。 

だからお願いです。教育現場ではPC/ATでもSPARCでもPA-RISCでも 
PowerPCでもなんでもいいですがメジャーかつ現行のマシンにしてください。 

教育機関懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。 

Z80

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/992942337/737

737 :名無しさんお腹いっぱい。:2012/09/16(日) 16:27:31.40
今月はじめ、職場に新しい組み込みマシン(ファンレス結構省電力構成)が入りました。 
多分私が開発全般をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析シミュレーションなど行う必要があり、プログラムアセンブラを使用するのは 
聞いていたのですが、添付のサンプルソースコードからチラッと見えたのは 
LD A,(HL)という命令でした。 

「うへぇ~、よりによってZ80かよ」 

アドレッシングモード皆無、リロケート不可、使いにくいインデックスレジスタ、 
今時の関数引数スタック渡しに対応できるのか不安はつきませんし、 
今の若者はこんなCPU使わないので人材も少なくソフト開発も大変です。 
おそらく導入に際して、大学など教育機関最初Z80に触れて刷りこまれた人間強気知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 

昔、当時、8bitCPUi8080上位互換i8085よりも多くのツギハギ命令を追加拡張した 
Z80大学など教育機関に浸透していて、日本CPU界に多くのバカが輩出しました。 

これから私は、おそらくそういうバカが、ADD A,(HL)はできるのにADD B,(HL)は 
できないのかとか、相対アドレスのCALL命令はないのとか、 
スタックフレームポインタとして使いたいのにLD HL,SPっていう命令ないじゃんとか、 
アセンブラ通気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し(だからZ80使うんじゃねーよ) 
それと戦わなければならないのでしょう。そして時代によって決着している、 
過去30余年のCPU界隈のくだらないそれらの議論が再現され、それに巻き込まれるの 
でしょう。もう今からうんざりです。 

だからお願いです。教育現場ではi386でもi568でもi686でも 
x86_64でもなんでもいいですが現行のCPUにしてください。 

教育機関懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。 

xinit

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/1011306728/134

134 :名無しさんお腹いっぱい。:2012/07/15(日) 14:17:53.53
今月はじめ、職場に新しいPC(Core i7結構ハイエンド構成)が入りました。 
多分私が運用保守をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析シミュレーションなど行う必要があり、X Window System上のアプリケーションを 
使用するのは聞いていたのですが、OSを起動して黒いバックに白い文字だけの 
英語の画面に表示されていたのはlogin:というプロンプトでした。 

「うへぇ~、よりによってxinit方式かよ」 

CUIログインなんて古い、コマンド入力なんて古い、今の奴は日本語入力設定大丈夫 
なのか(XMODIFIERS)、今時のマルチシート環境対応できるのか不安はつきませんし、 
xinitユーザーが少ないのでネット上の情報も少なく調べるのも大変です。 
おそらく導入に際して、大学など教育機関最初にxinitに触れて刷りこまれた人間強気知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 

昔、当時、X11で唯一$HOME/.xinitrcを手書きするというCUI方法環境設定できた 
xinit方式は大学など教育機関に浸透していて、日本X11界に多くのバカが輩出しました。 

これから私は、おそらくそういうバカが、GNOME/KDEはどうやって起動するのか、 
ウィンドウマネージャを終了したらXごと落ちたとか、ck-xinit-sessionはないのか 
などと、X11通気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し(だからxinit方式にするん 
じゃねーよ)それと戦わなければならないのでしょう。そして時代によって 
決着している、過去25年のX11界隈のくだらないそれらの議論が再現され、 
それに巻き込まれるのでしょう。もう今からうんざりです。 

だからお願いです。教育現場ではgdmでもkdmでもwdmでも 
xdmでもなんでもいいですがグラフィカルなディスプレイマネージャにしてください。 

教育機関懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。 

tcsh

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/1094041299/383

383 :名無しさんお腹いっぱい。:2012/07/12(木) 19:20:13.06
今月はじめ、職場に新しいPC(Core i7結構ハイエンド構成)が入りました。 
多分私が運用保守をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析シミュレーションなど行う必要があり、制御コマンドとしてシェルスクリプトを 
使用するのは聞いていたのですが、そのファイルを開いて1行目に書かれていたのは 
#!/bin/tcshという文字列でした。 

「うへぇ~、よりによってtcshかよ」 

ファイル記述子のリダイレクト不可、クオートのネスティング等に無理あり、 
今の奴でさえシェル関数は使えないし、パイプラインの終了ステータスおかしいし、 
今時の担当者が扱ってセキュリティ大丈夫なのか不安はつきませんし、 
スクリプトとしてのcshは嫌われるのでネット上の情報も少なく調べるのも大変です。 
おそらく導入に際して、大学など教育機関最初cshに触れて刷りこまれた人間強気知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 

昔、当時、シェルで唯一aliasやhistoryやジョブコントロール機能が使えた 
csh大学など教育機関に浸透していて、日本シェル界に多くのバカを輩出しました。 

これから私は、おそらくそういうバカが、$*でスペース入りファイル名が扱えないとか 
$<でファイルから読めないのかとか、if文の条件式のコマンドリダイレクト 
できないのかなどと、シェル通気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し 
(だからcshスクリプト書くんじゃねーよ)それと戦わなければならないのでしょう。 
そして時代によって決着している、過去25年のシェル界隈のくだらないそれらの議論が 
再現され、それに巻き込まれるのでしょう。もう今からうんざりです。 

だからお願いです。教育現場ではbashでもzshでもkshでもashでも 
Bourne shでもなんでもいいですがBシェル系のシェルにしてください。 

教育機関懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。 

続く。

2012-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20121024113536

■頭の中でCを簡単なアセンブラに変換できるのが大事

http://anond.hatelabo.jp/20121024004748

こんにちはこんにちは

以前、"he doesn't use struct or union?"と書いて、ここの住民に糞味噌に言われた人です。

#が、この一言で何が言いたいかからなければ、プログラマーとしては最低ランクだと思うよ。

俺の場合は、

1. C勉強開始

2. PC-9801スプライト動かした段階で息が絶える...orz

3. 放置

4. C++勉強開始

5. OOよくわからんC++むずい...orz

6. アセンブラとかZ80、8086、386、486の勉強開始

7. すげぇよくわかった!CASLとかも試験のためにやった

8. Javaアルファー版をダイアルアップでダウソ

7. 英語マニュアルしかないので仕方なく読む

8. OOの何がいいのか理解できたヽ( ゚∀゚)/

9. Javaで書いたソフト雑誌で紹介されたり、賞を取ったりした

10. JVMとかクラスファイルフォーマット勉強開始

11. C、C++勉強OpenGLゲームとか作る

12. 振り返ってみると、全ての知識が有機的に結合されている!!!頭の中でCを簡単なアセンブラに(Java場合バイトコードに)変換できるのが大事だったんだね!!!

13. 就職

14. 転職

15. 就職

16. 転職

17. 病欠

18. 転職

19. 離職

20. 無職

現場ゴミみたいなコードを書く人とかゴミみたいな設計をする人で精神を痛められます

ITは辞めた方がいいよ。

#これも後で消す。

#あと、文章を消すのは鼻から議論する気がないかdeath。これはチラシの裏

2012-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20120824115641

マイコンベーシック雑誌名にマイコン言葉が残ってただけじゃない?

PC-8801PC-9801あたりを「マイコン」て呼ぶ人はあまりみたことなかったなぁ。俺の周りでは。

まぁ今と比べてすごい高級品でほいほい買い換えられるものじゃなかったから、それ以前の世代のマイコンと呼ばれたような機械(俺は詳しくないけど)を使い続けてた人もそれなりにいたってことなのかも、とは思ったけど。

http://anond.hatelabo.jp/20120824113418

俺36だけど、小学校ときマイコン」はさすがに死語かそれに近い感じだったと思うよ。

ちょっとリッチ友達の家にはPC-88や98のゲームがあった。あとMSXとか。

Wikipediaで調べたらPC-9801の発売は1982年。ちょうど俺が小学校入学の年だ。

つーことで、今の30代が小学生時代は、さすがに「パソコン」はあったよ。

2011-11-14

キャラ自分コンプレックスから開き直った話

俺は、物心ついた頃から家にコンピュータがあり、MS-DOSも、Windows 3.1も、PC-9801も触ってた。小学校時代には市内にプロバイダーが一個しかない頃からダイヤルアップ28.8kbpsでインターネットしてたし(時代テレホーダイ)、中学時代にはWeb制作プログラミングを覚えてた。高校時代には自作プログラムを配布したりしてたし、大学時代には代行制作お金もらったりもしていて、今はIT企業に勤めて2年目になる。つまり何が言いたいかと言うと、俺は昔からインドアの陰キャラ陰毛野郎で、コンピュータ友達みたいな奴だった。余暇ほとんどをコンピュータと共に過ごしたし、それはそれで楽しかった。

でもそのせいで、他のみんなが興味を持つことに対して興味を失ってしまった。テレビみないし、基礎体力づくりができてないかダイビングとかスノボとか誘われても行きたくないし、みんなでスマブラやろってなっても俺だけ弱い。俺がコンピュータに向き合っていた時間と同じだけ、他のみんなはテレビを見て話題づくりをしていたし、サッカーとかして基礎体力づくりをしていたし、スマブラの練習をしていた。対して俺は、人間ではなくコンピュータ友達に選んでいたのだ。この結論に達したとき、なんともいえぬ空虚感にさいなまれた。俺は、人と違うことを選んでしまったがために、人が楽しめることを楽しめない人間なんだ、と思いながら生きてきた。

先日、大学時代の友人の結婚披露宴に招待されて行ってきた。余興を頼まれていたので、得意のコンピュータを活かしてビデオレターを作って流してプレゼントした。披露宴二次会の様子を趣味デジイチで撮った写真製本してプレゼントした。参加者に向けて写真ビデオをまとめて思い出サイトも作った。そしたら、ものすごく喜んでもらえた。あ、こんなにも喜んでもらえるんやったら、今まで俺がしてきた時間の使い方、一概に間違いと決めつけるのも良くないのかもな、と思った。生きてたら何かしら経験してるはずで、経験値を得てるんよな。できないことがあっても、できることがあったらええやんな。さ、今週もがんばって働こー!

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